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夏を愛するお前と夏にツバ吐く俺と。



連日のコロナ騒ぎで、全国各地の夏祭りが中止に追い込まれている。
友人で夏大好きマンの津田沼は、それをしきりに嘆いていた。


「もーね、最悪だよ。高円寺の阿波踊りも隅田川の花火大会も軒並み中止だしさあ。ビール買ってきて自分で焼きそば焼いて、家の中で夏祭りの映像でも流すしかないんだよね」

「ほーん」


翻(ひるがえ)って夏大嫌いマンの俺は、心底どうでもいいという意思表示のため、ラインの文面でもそれとわかる生返事を返した。
それを快く思わなかったのか、津田沼の返答にいらだちが混じる。


「え、何?その興味なさげな返しは」

「いや実際興味ねえんだよ。というか、お前のその返しこそ何なんだ。完全にそっけない彼氏にむくれる彼女じゃねえか。なんでオッサン同士でそういう会話しなきゃならねえんだよ。そもそもお前彼女いるんだから、そういう話は彼女とすればいいだろ」

「彼女用事でいなくてヒマだから仕方なく竹井君に話してんだろ、わかれよそんくらい」

「ハハハ、ファック」


アリゾナ砂漠よりも不毛な会話だった。


この不毛な話を早々に打ち切って部屋の掃除でもしようと思っていたが、またしても津田沼から返信が届く。
クソが、俺の生活という緑地帯を返せ。


「そもそもさ、なんで君そんなに夏がキライなの?」

「それを訊くならまずお前から話すのが礼儀だ。何だってこんなクソ暑いだけの季節が好きとかぬかしてんだ、脳のかわりにガリガリ君でも頭に入ってんのか?


文末の煽りを平然とスルーして、津田沼が答える。



「一言でいうと、ワクワクするんだよね」

「ギラッギラの日差し、目に痛いくらいの青い空、太陽に照らされて輝く緑、ミンミン騒がしいセミの声」

「世界がまるごと元気になってる感じでさ。そんな世界に囲まれていたら、うわあこうしちゃいられない、海でも山でもどっか行かなきゃ、思いっきり楽しまなきゃって気にさせてくれるんだよ」



無駄にエモさを狙った表現にブチ切れそうになったが、一応納得はした。


なるほど、大まかにではあるが、夏という季節のファクターを網羅している。
それらが自分を活動的な気持ちにさせてくれるのを、津田沼は良しとしているわけだ。理屈としてはわからんでもない。



問題は、理屈ではなく感情として、俺がまったく理解できないという点だ。




「じゃあ、改めて聞くけど。竹井君、なんで夏がキライなの。暑い以外の理由で答えて

「・・・わかった。三つあるから一つずつ言っていく」



― ― ―



①あつい


「いや話聞いてた?」

「まあ聞け。あえてこれを言うのには理由がある。東京と九州とでは、そもそも日差しの質が違う。九州はな、暑いんじゃない、熱いんだよ


津田沼から「あー」とだけ返信が届く。
どうやら言わんとすることを察したらしいが、続けることにした。


「俺だって十年東京にいた身だ。東京の暑さが年々キツくなっていることも知っている。それでも、そっちの暑さは主にアスファルトの照り返しによる大気全体の問題だ。日光自体はまだまだ”暑い”の範疇だ」

「それに対して九州は、そもそも直射日光それ自体が熱い。むしろ痛い。日中に出歩くってことは、常時ちょっとしたレーザービームに自分の体をさらけ出すようなもんだ。お前だって何度か九州に、しかも決まって夏に旅行に来てたんだから、その違いはわかるだろ」


一旦送信を止めると、しばらくして津田沼から返信が届いた。


「要するに、強すぎる日差しがワクワクさせるのを通り越して身の危険を感じさせるってことか」

「そういうことだ、早いとこ次いくぞ。ただでさえ今回はクソ長い話なんだからな




②虫


※見慣れない言葉があるからといって、まかり間違っても検索しないでください。
画像検索はもちろんのこと、ワード検索すらもしないで下さい。フリでもなんでもなく、マジなやつです。
本当に責任はとれません。


「ハエ!蚊!ゴキブリ!ムカデ!ゲジ!AAAAARGH!!!!!!

「いやなんとなく伝わるけど落ち着きなよ」


早々に発狂した俺を津田沼が諌める。

できればこれ以上語りたくない。何だって自分が生理的に嫌悪するモノを詳細に語らなきゃいけないんだ、何の責め苦だよ。

だが、津田沼が一応詳細に答えた以上、俺もまた詳細に答えなければいけない。
スジは通す、それが俺の流儀だ。


「まあ、昔から言ってるけど、俺は虫がキライなんだよ。根源的に相容れない何かを感じるんだわ。虫どもの祖先が宇宙から飛来してきたエイリアンだって説を冗談抜きに信じているくらいだ

「はいはい。で、君が言うところのエイリアンどもの行動が、最も活発になるのが夏ってわけね」


軽くいなそうとした津田沼の態度にも気づかず、「そう!!!!!」と勢いよく返信する。


「あのエイリアンどもが我が物顔で闊歩しまくる季節なんだよ!アルチュール・ランボーだってマッハで逃げ出す地獄の季節だ!ハエも蚊もゴキもウザい、だけど一番ヤバいのはムカデとゲジだ!」


「寝ている間に全長30cmのムカデに脚を噛まれたことがあるか?俺はある、しかも二回もだ!激痛で飛び起きたらサソリみたいな装甲のゴツいムカデが視界に入る恐ろしさは経験しないとわからねえ。しかも二回とも、噛まれたあとが腫れ上がって、九州全土地図みたいな形で脚全体に広がっていたんだぞ。どんだけ毒性が強いんだよ!アレか、何かの呪いか?烙印(スティグマ)か何かだったのかアレは!?


「そしてゲジだ。こいつは地球上に存在していいフォルムじゃない。ヴォルデモートより口に出すのもおぞましい存在だ。小学生のころ風呂場を開けたらデカいこいつがいて、発狂しながら親に助けを求めて駆除してもらったんだ。もう大丈夫だって親に言われて、それでもビビりながら風呂場に入ってくまなく内部を見回すわな。そしたらお前、天井の換気口にもう一匹デカいのが!!!


トラウマを口にするたび、俺のSAN値はガリガリと削られていく。

あっという間にSAN値は底をつき、例のセリフが俺の口を衝いた。



「ああ、窓に、窓に!!!AAAAARGH!!!!!!


「うるさいよ窓じゃなくて換気口だよクトゥルフは虫じゃなくて海洋生物だよ夏の話から逸れまくってんだよいい加減話を戻せ!!!!!!



SAN値0になって発狂する俺に、津田沼が怒涛の勢いで的確なツッコミを入れる。

ようやくクールダウンした俺は、荒い息を整えながら話のまとめに入った。



「とにかくだ、そういうクリーチャーどもがのさばる季節を、俺が好きになれるはずがないんだよ。津田沼ワトソン君」

「誰がワトソンだ。まあ俺も虫は好きではないしね、竹井君の言い分はわかるよ。アシダカグモとかもキツいしね」

「え?いやアシダカ軍曹はゴキやらムカデやら食ってくれる益虫だろ。第一フォルムがカッコいいし

「えっ」

「えっ」




③雰囲気


「一番の理由はコレだな。根本的に、俺は夏の雰囲気がキライなんだ」

「え?いやそれが良いんじゃん」

「説明しろって言ったのはお前だ。詳しく言うからまだ口を挟むな」


異議を唱える津田沼を制し、俺は言葉を続ける。


「さっき言ってたよな。太陽も青空も緑もセミも、動かなきゃって気にさせてくれるって。俺からしたら、まさにそれが気に入らねえんだよ

「生物も非生物も、何から何まで活発になるのが落ちつかないんだ。誰だって自分の考えをまとめたり心を落ちつけたりする時間は必要だろ?俺はそれを特に大事にしているけど、夏はそんなことをする心の余裕が奪われていく気がするんだ。単純な話、セミがミンミンうるせえ中で物思いにふけるなんて似合わねえしできねえって話だよ」

「その点、山も空も空気も灰色に染まって静止する冬は最高だ。心が落ちつくし思考もまとまりやすい。寒さを差し引いても、俺は冬が一番好きだね」


送信してほどなく、津田沼から返信が届く。


「確かに冬のそういう雰囲気は好きだな。サカナクションの”スローモーション”を聴きながら散歩したくなるよ」

「まあ、だいたいそんなニュアンスで合ってる。俺の場合はジャキジャキのブルースロックになるけど、言いたいことは同じだ」


「なるほどねえー」と呟いたあと。



「でもさ、竹井君」と津田沼は続けてきた。



「少し考えたらわかると思うんだけど、そもそも生物って夏に活動して冬は休むのが常だよね。生き物は自然のサイクルに合わせて生きるんだから当然のことなんだけどさ」

「要するに、夏がキライで冬が好きって臆面もなく言うあたり、竹井君は生き物としてバグってるってことだぜ。その辺もっと自覚したほうがいいんじゃない?」



津田沼の煽りを受けて、俺の怒髪は一瞬で天を衝いた。


「誰が虫(バグ)だとこの野郎!!!!?」

「キレどころはそこじゃないよだから虫から話を戻せって言ってんだろ!!!!!」



― ― ―



「まあ、竹井君が夏をキライな理由はわかった。感情的にはまったく理解できないけど

「気が合うな。俺もお前が夏大好きマンな事に一言一句たがわず同じ感想を持ってたところだ」


著しく共感性を欠いたまま、俺たちの議論は終息を迎えようとしていた。


これでいい。結局は各々の感性の問題だ。

俺はこう思う、お前はそう思う。どちらが優れているとか正しいとかでもない、ただそれだけの話だ。
各々の差異が確認できただけでも、十分に実りある話じゃないか。

さあ、俺は部屋の掃除といこう。津田沼は彼女の帰りを待って、今日の話をアテにして二人で仲良く飲めばいい。

そうすれば、なべて世はこともなし、だ。



「でもさ、それでもなんか一つくらいはあるでしょ?夏でよかった、ってことが」



おい良い加減にしろ。

どんだけ食い下がってくるんだよお前。
「夏が好き」って相手に言わせたいその執念はどこから来てるんだよ。RIP SLYMEとTUBEからマージンでも頂戴してるってのかお前は。


ダメだ、降参だ。
自分の心が折れて、勝手に白旗を上げるのを感じてしまった。


仕方ない、一つだけエピソードを開陳することにしよう。
津田沼が好みそうな話かわからんが、俺なりの、夏らしいエピソードを。



「・・・まあ、一つや二つはあるわな」


渋々俺は答え、そのまま話しはじめた。



― ― ―


九州で働きはじめてから、初めての夏だった。


自宅からほど近い河川敷は、花火大会の真っ最中だ。
大輪の花火が打ち上げられるたび、路上はカラフルに照らされ、体に響く破裂音が轟きわたる。
仕事を終えた俺は、花火大会に向かう人混みをすり抜けながら、河川敷とは逆方向のマンション――俺の自宅だ――に向かっていた。


花火大会には、そこまで興味はなかった。
祭り自体とり立てて好きというわけではなかったし、一緒に行くような彼女も、親しい友人も、ここにはいない。
さっさと帰って、花火の音を肴に瓶ビールの蓋を開けることしか考えていなかった。


マンションにたどり着くとエレベーターに乗り込み、自分の部屋のある最上階のボタンを押す。
エレベーターが最上階に止まり、ドアが開く。
そのまま外に出て、自分の部屋に通じる渡り廊下に出る。


その瞬間、俺の足は固まった。



俺の部屋の前で、老夫婦がキャンプ用の折りたたみ椅子に腰かけている。



老夫婦のかたわらには、缶ビールと柿の種。

轟く花火の音、花火の光で照らされる渡り廊下、老夫婦、俺。

そして、渡り廊下からきれいに見える、打ち上げ花火。



自分の住んでいるマンションが、花火大会の隠れた穴場だと、その時はじめて知った。



「あらっ、どうもごめんなさい。息子がこの階に住んでるんだけど、ここは花火がよく見えるっていうから来ちゃったんですよ」


俺の部屋のドア前に陣取っていたご婦人が、はにかみながら椅子ごと脇によける。

俺はとまどいながらも無言で会釈をし、部屋の中に入っていった。





しばらくして、俺は再び部屋の外に出た。

部屋のドア前の老夫婦がこちらを振り返るなり、ぎょっとした顔になる。



さっきまでワイシャツとスラックスに革靴だった俺の出で立ちは、Tシャツと短パンにサンダル、ついでに意味なくストローハットのラフな格好に一変していた。

その右手にはキャンプ用の折りたたみ椅子、左手にはハイネケンの瓶とナッツの袋が握られている。

驚く老夫婦に、俺はニカッと笑いかけて言った。



「ご一緒していいっスか!?」



その言葉を聞くなり、老夫婦の表情は驚きから笑顔に変わった。



「いいですねえ!!一緒に楽しみましょう」



それから俺たち三人は、仲良く横一列に並んで腰掛けて、ビールと花火を楽しんだ。

あるときは、老夫婦とその息子さんの身の上話を俺が聞きながら。

またあるときは、俺の身の上話を老夫婦に聞いてもらいながら。



仲良く談笑する俺たち三人を、打ち上げ花火が照らしていた。

赤に、緑に、黄色に、紫に。



一期一会の俺たちを、咲いてすぐ散る花火が照らしていた。



― ― ―



「っていう事はあったな」

「いやそれ普通に満喫してるよね、夏」



― ― ―



夏はキライだ。いつだって、年中冬ならいいのにとさえ思っている。


だが、そんな俺でも、花火大会の再開だけは待ち遠しい。


マンションの渡り廊下で打ち上げ花火を見ながら飲むビールは、一年を通じて一番うまいビールだと確信している。


当分は、何事にも自粛を強いられるしんどい毎日が続く。
だが、しんどいのは俺だけじゃない。日本中、世界中の誰もが同じだ。しばらくの辛抱と思って、ここは耐えることにしよう。


すべてが落ちついたら、その時には津田沼を呼ぶつもりだ。
夏と祭りと花火に目がないあの男を呼んで、ビールと打ち上げ花火でもてなしてやるのも悪くはないだろう。


なに、焦ることはない。




冷蔵庫のハイネケンは、いつだってキンキンに冷えている。




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