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パニック障害の始まり

生い立ち②

中学入試を経験し、中高一貫の女子校へと進学をしました。
勉強は好きではありませんでしたし、厳しい校則の学校だったので生きづらさを感じていました。

私が病気になった根源は、振り返れば中学2年生頃からなのかと思います。

それまでは広く綺麗な一軒家で暮らしていました。しかし、母親のうつ病が悪化したため環境を変えるという意味で急遽、それまで暮らしていた広い自室のある一軒家とは違い、自室は四畳の酷く狭く、リビングも今までとは違う狭いマンションへと引っ越すこととなりました。

両親は一時的にという考えでそのマンションへと引っ越すことを決断したそうです。

しかし、当時中学二年生の所謂反抗期、中二病だった私は、引っ越したマンションがとても息苦しく感じていました。

自室はベッドとスチールラックと小さな机を置いたらもういっぱいいっぱいでクローゼットもそれまでの4分の1以下の収納量しかなく、陽当たりも悪い部屋で本当に家にいるのが嫌でした。

わがままと言われればそれまでですが、引っ越し以前の一軒家とどうしても比較してしまって、まるで刑務所の独房に住んでいるような酷く転落したような気持ちになっていました。

家にいるのが嫌で、放課後は学校の友人と他所で出会った友人と出歩くようになり帰宅は0時になるような生活を送っていました。

後に、その友人関係で色々と揉めてしまうこととなり、当時流行っていた前略プロフィールのコメント欄?を悪口などで荒らされて傷付いていました。

当時は家と学校が全てという中学生の狭い世界で、色々書かれていたコメント欄に記入された「デブ」という誹謗中傷にまた酷く傷付いていました。

誹謗中傷は学校の介入もあり、比較的すぐ解決しましたが、やはり一度書かれた悪口はずっと心に突き刺さっていました。

友人と揉めたこともあり、それまでの仲の良かった友人とは距離が出来て、誹謗中傷に加担した同級生は一人ではなく、人付き合いもどこか疑心暗鬼になっていました。

それまで、所謂スクールカースト上位のグループにいたのに、距離が出来て自分自身の居場所がわからなくなってしまいました。


そこで愚かだった私は

「デブ」だからいけないのではないか。

痩せたら人生が変わるかもしれない。


という考えにいたり、成長期なのに無理なダイエットを始めるのでした。


毎日腹筋300回、背筋100回、足パカ100回と運動を続けて、少しずつ体重が落ち始めて。

もっと痩せたい。もっと華奢になりたい。とどんどん食事制限をして、夕飯は冷奴を少し食べるだけというような過酷なダイエットをしてしまいました。

160センチ前半の身長で40キロ台後半の体重まで落とすことが出来て、少し自信はつきました。


しかし、愚かだった私は

もっともっと痩せたい。モデルのような体型になりたい。

と思い、さらに食事制限、運動量を増やすようになりました。


当然、日常的にイライラするようになり、生理は止まり、貧血で時折倒れるようになってしまいました。

当時、病院に行くことはありませんでしたが、

太ること=悪

という酷く偏った考えに陥りました。

過酷な食事制限や運動をしても、当たり前ですが間違ったダイエットなのでそれ以上痩せることがなかなか出来ず

自分自身の見た目にさらに酷く劣等感を感じるようになりました。

その頃にはもう過呼吸を頻繁に起こすようになっていました。

見た目に対する劣等感は酷く、痩せていて華奢な友人と並んで写っている写真を見て、自分自身が一回り大きいという現実を受け入れられずまた酷い過呼吸を起こすというような状態になっていました。

この過酷なダイエットによる弊害で中学2年生から高校3年生まで精神状態はずっと不安定で、多感だった思春期は人間関係や厳しい校則、将来に対する不安(大学受験)と何か強いストレスを感じると過呼吸になったり、自分が自分でなくなるような感覚に陥り、発狂してしまうというような学生生活を送っていました。

高校時代には大学受験勉強があるので、ダイエットに割いていた時間を勉強に割くようになり、生理は戻り少しリバウンドしてしまいましたが見た目は健康的に戻ったと思います。





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