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夕刻に命の灯りを

「ねえねえ」

いつものように夕食の準備をしていると、福永せんせがにこにことした笑顔で手招きしてきた。

「ん?どうしました?」

いいからおいで、と竜胆のような優しい笑顔。
つられて彼の後を追い、薄暗い窓辺に近づけば

「………っ、わあ!」
「ね?綺麗だろう?」

そこには、ちらほらと光の帯。
あちらこちらにふわふわと瞬く命。

「蛍…こんな近くに!」

もともと、玩草亭周辺の水質がいいことは知っていた。
水がきらきら澄み渡っていて、毎年来る度に水路を流れる水を眺めてしまうくらいだ。

だけど、去年もその前の年も、蛍が水路の辺りまで来たことはなくて。

「驚いただろう?実はね、僕もここで見るのは初めてなんだ」

窓の向こうを見つめる福永せんせの口元が、慈しみにやわく綻んでいるのが見える。
柔らかな視線が蛍火に浮かんで、何だか幻想的だ。

「さっき、夕飯前に戸締りをしようと思って来たら、こうして飛んでいるのが見えたんだ。そしたら、君に見せたくなって」

「そやったんですね…え、それめちゃくちゃ嬉しいです」

彼にとって、「美しいものを真っ先に見せてあげたくなる相手」になれていること。
それが言葉の中に感じ取れて、思わず頬が緩む。

「そうなの?……そう言ってもらえて僕も嬉しい」

喜んで欲しいって、思ったからね。
そう続けて、頭をふわりと撫でられる。

手のひらの大きさが心地いい。
髪をするりと通る長い指が、甘くくすぐったい。

「……そうだ。ちょっと急だけど、夕涼みがてら散歩に行こう。国道沿いの田んぼにも、きっとたくさん飛んでいるよ」
「わ、いいんですか?…じゃあ、ちょっくら準備せなんとですね」

ささやかな命のあかりを、ふたりじめする幸福。
晩ご飯の準備に比べたら、よほど大切だ。

「やった、そう来なくっちゃ」
ふふ、と柔らかく笑う彼の顔が愛おしい。

「よし、じゃあさっそく準備ですよ」
お漬物は冷蔵庫に、薄切りにしたオクラにはラップを被せて、冷蔵庫に入れておこう。
降って湧いた小さなデートに胸を高鳴らせつつ、頭でふわっと準備計画を練る。

「もちろん。どれだけ飛んでるか、楽しみだね」
夢みる少年のようにうきうきとした笑顔の福永せんせに、

「ですね!一緒に、たくさん楽しみましょう」
愛おしさとわくわくを込めて、同じように笑い返した。

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