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「サイゴンから来た妻と娘」近藤紘一
アルコール度数は決して低くないのにクイクイ飲めてしまうお酒がある。マッコリ風の日本酒など、、。
そんな類の読了感だった。
新聞記者として1970年代のベトナムに赴任した作者が、現地で娘のいる妻と結婚しサイゴンの長屋町で生活を営み、サイゴン陥落後は妻子と日本に暮らす様子をエッセイとして描いている。
この奥さんが大変魅力的なのである。
ベトナム戦争の大変な歴史に間違いなく翻弄された市井の人々のひとりである奥さんが、ナチュラルにたくましく、生きるや食べるを第一義に、家族を支えながら時にあっけらかんと、時にエネルギッシュに日々を送る様を、作者が「人間のひだ」に分け入るかたちで描かれている。
この作者の力で、決して少なくはない本書の文字を一生懸命に追いかけなくとも、まだ自分の存在していなかった1970年という時代の、もう存在していない都市であるサイゴンという場所に、ぐいぐい引きこまれていくのだ。
ペットのうさぎを可愛いがりなかなか手の入らない草を探して与え肥えさせ、粗相が続くといとも美味しい夕飯の料理にしてたいらげてしまったり。
ベトナムを遠く離れた日本からも、面倒をみていた親戚に細やかに手製の衣服を送ったり。
生きるって、愛するっていいよなぁ。
愛する者がいるからこそのこの途方も無いエネルギーを、大変な時代の大変な土地で生きたこの女性から、読んでいる者も受け取ってしまう気分になるのだ。
そして、戦争により祖国が陥落するという憂き目にあいながら、「大変」とは多分当事者達は言っていない。怒ることはあっても、「まずは米が進むおかずで自分や愛する者達がお腹いっぱいになること」が最優先なのである。
生きるって、そういうことなのではないか。
本書を読んで多分にお腹が空いてきた。
ベトナム珍味にたっぷりお米をかき込んでみたい。傍らにはサイゴンビールかな。