三分小説 008 「最後の初恋」
「ごめん、スイパラ行けないや」
「え、萌がこないと始まらないよ」
平謝りしながら、私は部室から飛び出した。
「ただいま、お母さん、聞いて聞いて」
「作戦、うまくいったみたいね」
「え!なんでわかるの?」
「顔に書いてあるわよ」
「え、どこどこ?」
私は初めて恋というものをした。
バスケ部のキャプテン。背が高くて、優しい人。
「で、佐野先輩と何を話ししたの」
私は図書館での出来事を話し始めた。
「先輩、この英文の訳し方を教えてほしんですけど」
「おお吉澤。いいけど」
「本当ですかっ」
「シーッ。ああ仮定法か、ここはさ…」
お母さんと考えた先輩の得意科目を教えてもらう作戦は大成功だった。
「良かったじゃない」
「次はどうしよう」
「萌の好きなことを教えてあげたら?」
「え、キモくないかな…」
「先輩、萌の顔と名前しか知らないんじゃない?アピールしてみたら?」
「え、でもどうやって…」「たとえば、こういうのはどうかしら?」
お母さんと作戦会議は楽しかった。
翌日、図書館―
「あの先輩、昨日のお礼なのですが、好きな映画教えます、英語の勉強になると思って」
「ありがとう。めちゃめちゃあるな」
「す、すいません」
「ありがとう。バスケの映画もあるし、今度観るよ」
先輩の喜んでくれる笑顔を見てると、力が抜けていく。
「ただいま、お母さん、お母さん」
帰るなり、先輩の顔の表情まで真似して教えた。
「じゃあ、お祝いね。萌、何食べたい?」
「やったー、手巻き寿司」「オッケー、お買い物に行きましょ」
近所のスーパーにつくと、咲ちゃんがいた。
「咲ちゃんと話ししてきていい?」
「手短にね」
「あら、萌ちゃんのママ?」
「あ、田中さん。ご無沙汰してます」
「仲良さそうで、いいですね」
「そんなことないですよ」
「うちなんて最近彼氏ができて、全然相手してくれないんですよ」
「そういう時期ですよね」
「相手がバスケ部のキャプテンらしくて」
「あ、そうなんですか」
「家でもバスケの話しばっかりで」
「うちも、同じです」
「あら、そうなんですね。おっと、こんな時間、それじゃあ」
「ねえ、お母さん、あの人誰?」
「あら、いたの?PTAで一緒だった田中さんよ」
帰り道、次の作戦をお母さんに伝えた。
「明日は、連絡先を渡そうと思うんだ」
「まだ早いんじゃない?」
「でも、咲ちゃんはもう渡してもいい頃だって」
「まだ知らないこと多いでしょ?」
「だから、連絡を渡すのよ、うふふ」
翌日―
先輩が下駄箱に現れるのを待ち伏せした。
「ファイッオー」気合いを入れて先輩の後を追いかけていった。
声をかけようとした瞬間、先輩が手を振る。
目線の先には、幸子さんがいた。
少し話したと思ったら二人は手をつないで歩いていった。
「え…なんで…」
家に帰れずに公園にいると、お母さんがやってきた。
「萌、ごめんね」
自然と涙が溢れてきた私を、やさしくは抱きしめてくれた。
「お母さんが恋愛下手ね。初恋も3回目なのに…」
「3回目?」
「お母さんとお姉ちゃん、そして萌。初恋を失敗する辛さを知ってるから、娘二人の初恋は、実らせてあげたかったのに…」
「大丈夫だよ、まだ孫の分あるからさ、ふふ」
「それなら、今から作戦考えておかなきゃね」
二人で河原を歩いて帰った。