オーブントースターの中で忘れられて真っ黒こげになった8枚切りの食パンみたいな手を見て泣けた
大事な人に順番なんてつけられないのに
60歳にもなって結局私は母に甘えていたんだと
分かった瞬間
3月に、母の足がパンパンに腫れて歩けないからと
姉から連絡があって
実家に飛んで帰った
そして目の前にいる母を見て驚いた。いや驚きすぎた
両足はミイラのように包帯でぐるぐる巻き
いや腫れあがってるから
ミイラのようにカリカリではない
そしてところどころたまった水がしみてきてる
顔はこれまたパンパンでまん丸
ムーンフェイスとはよく言ったものだと
なんか妙に
感心するぐらい満月のような顔に
深いしわが刻まれていた
ちょっとしゃべっただけで息が上がり
ぴゅーっとどっかで笛が鳴るような音がする
お母さんの体のどっかから笛の音が漏れている
ぴゅーぴゅー言いながら
母は私と息子を見て喜んだ
喜んで
「お母さんはソプラノじゃけん」と言って
「荒城の月」を歌ってくれた
弱弱しいソプラノの声の合間にぴゅーぴゅーが鳴り
ムーンフェイスの母がニコニコしているのが
悲しすぎた
足も顔も笛も驚いたし悲しくなったけど
私が一番驚いたのは母の手と首であった
お母さん日向ぼっこしてたんよ~
日向ぼっこして前の道を誰が通るか見てたんよ~
「過疎の村で人なんて通らへんやん」
「暇やなぁ~」
私はそんな意地の悪いことを思っていた
私はほぼ毎日、母に電話をしていた
その電話にいつもなんだかイライラしていた自分を思い出した
「お母さん、私の話きいてんのん?」とよく言った
電話を切ってからもその支離滅裂な受け答えや、
いつもかみ合わない内容の電話に
イライラしていたのを思い出した
「もう人の話なんも聞かへんのやから」とぶつくさ独り言を言っていた
聞かへんのじゃなくて
聞けなくなっていたことに今頃気がついた
優しくない
実に優しくない娘や
あんなに色白さんでぽちゃぽちゃの肌だったのに
こんなにまっくろくろすけになったのは
日向ぼっこと称して
冬の寒い日でもずっと家の外に出て
通りを行く人を眺めていたんだ
母はそうやって
長い一日を過ごしていたんだ
だから手や首が焦げたみたいに真っ黒で
おまけにシミだらけなんか
それがわかった時には
我慢しきれなくて
線状降水帯のような涙になってしまった
オットが障害者になって孤独が一番しんどいことをわかっているのに…
母は孤独と必死に戦っていたのかもしれない
涙が止まらへんくなった
お母さん ごめん
一人にしてごめん
オットの介護と仕事を優先して
自分を産んで育ててくれた大切な母をほっといた
自分が許せない
大切な人に順番なんてつけられへんはずやのに
なのに
私はオットの介護と仕事を優先した
結局は母に甘えていたんだ
毎日のタスクを消化するみたいに
ちょこっとかける電話だけで
気にかけたふりをしていた
母のことを一人にしたんだ
母は長い一日をお日様に手をかざして
何を思いながら過ごしたんだろう
ほとんど人が通らない過疎の村で…
誰もいない部屋で
写真の父に独り言を言いながら
少しづつ混乱してきた頭の中を「なんか違う」と思いながら
どんな気持ちで一日一日を過ごしたんだろう
どうしてもっと顔を見に帰らなかったんだろうと
お母さんの黒焦げになったカリカリの手に
ハンドクリームを塗りながら
私は私を許せなくて仕方がなかった
母はいった
「さすが京ちゃんはいっちゃんのお世話してるから
よく気が付くなぁ~
気持ちいいわ~
クリーム塗ってくれてありがとう」
違うんよお母さん
ごめんお母さん
私はこれから毎日
「お母さんの手にハンドクリームを塗る生活がしたいと
心の底から思っているのです」
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