国会議員の秘書35(海部内閣から宮澤内閣へ)
野中広務先生は、一時期、「いっちゃん(小沢一郎先生)が、自民党の総裁になればいいのにな」と言われていたことがあった。海部総理が「重大な決意」発言をされた後、辞任を表明されて自民党の総裁選が行われることになった。そしてその頃、次期総裁が、誰になるのかで党内が騒ついていた。当時、経世会(竹下派)の会長は、金丸信先生、会長代行が小沢一郎先生であった。最大派閥の経世会がどう動くのかで野中事務所にも記者さんたちが頻繁に出入りされていた。
総裁候補として宮澤喜一先生、渡辺美智雄先生、三塚博先生の3人が名乗りをあげられた。ある日、永田町の第二議員会館の裏手にある十全ビルの中にある小沢一郎先生の事務所の応接室で3人の総裁候補を会長代行の小沢先生と経世会の役員数人で面接するという話が野中先生の耳に入ってきた。それを聞くなり「山田君、車出してパレ(パレロワイヤル永田町の金丸先生の事務所)に行ってくれ!」と野中先生から言われた。
議員会館の地下駐車場から表玄関に車を着けると直ぐに、野中先生が後部座席に乗られてパレロワイヤル永田町へと向かった。表玄関に車を着けると野中先生は、急いで降りて、6階にある金丸先生の事務所に入って行かれた。私も日枝神社の鳥居の近くに車を駐車して金丸事務所に入って行った。金丸事務所のある605号室の扉を開けると入ってすぐの左手に一つ応接室があり、その先に秘書さんたちがいる事務室がある。その事務室には、奥の窓側に2つ向かいあって机があり、左奥には、3つの机が横並びに設置されている。事務室の入口のすぐ左の壁側に3席ほど椅子が並べて置いてある。私は、事務室に入って一旦秘書さんに挨拶してその並んでいる椅子に座って喋ろうとすると、金丸先生の日程を担当されている秘書さんが、金丸先生がおられる奥の部屋の方を指差して私に部屋の前まで行ってみればという振りをされた。その部屋の前に行くには、金丸先生の筆頭秘書さんがおられる部屋の前を通らないといけないので、私は、手を振って「いけませんよ」というような振りをした。すると、「今おられないから大丈夫。」ということを言われたので、金丸先生のおられる部屋の前までそっと忍び足で行ってみた。すると金丸先生の部屋の中から野中先生の声が聞こえてきた。大きな声だったので、何を話されているのか、はっきりと言葉が聞きとれた。息を潜めて聞いていると「会長ね!今、いっちゃんが何をされているのか知ってられるんですか?」金丸先生は、「俺は知らん。」と言われるのが聞こえた。「今、いっちゃんは、宮澤、渡辺、三塚の総裁候補を順に十全(小沢一郎事務所)に呼びつけて、面接をしているんですよ。いつからそんな勘違いをするようになったんですか。会長がそれを指示されたんですか!」と野中先生が金丸先生に大変な剣幕で詰め寄っているところだった。金丸先生は、「ワシは、そんなことは聞いとらん。」すかさず、野中先生が「彼がいつから派閥の意思を決定するようになったんですか。我が党の総裁になる候補者たちですよ。あんなことをさせていると彼らにも失礼ですし、自民党にとっても我が派にとっても良くない。思い上がりも甚だしい。直ぐに会長!ああいうことは、やめさせてください。」という声が聞こえてきた。私は、この時「先生も金丸先生にあれだけ大声で強く意見するんだ」と初めて知った。しかし、その話も金丸先生が言われるまでに至ることなく、総裁候補の3人の面接が終わってしまっていた。
当日のニュースは、小沢先生と経世会の数人の幹部の先生が、総裁候補3人の面接をする頭撮りの場面が、何回も放映された。
それから数日後、毎週木曜日の昼に、平河町の砂防会館に入っている経世会の会議室で行われている定例会があり、私は、会議室の後ろほうで先生方が発言される国会の報告などのメモをとっていた。ひと通りの報告が終わり、金丸先生が会長の話ということで登壇されると、いくつかの例え話などをされた後に、最後に 「今回の総裁選は宮澤君でいいと思う。」と言われた。いくつかの話の中の最後の一言だったので、「えっ。今のは、経世会は、宮澤先生支持と言うこと?」と他の先生方からも何の意見も出なかったので、「これで経世会は、決まったのかな。」と私は、呆気に取られていると、会議室から一斉に急いで番記者さんたちが出て行って電話をかけに走っていかれた。
私は、定例会が終わったので砂防会館を出て車に乗って野中先生を待っていると、野中先生が他の先生方と話しながら砂防会館の玄関から出てこられて車に乗り込まれた。私は、野中先生に、「先生、金丸先生が宮澤君でいいと思う。と言われたので、あの言葉でうちの派閥は、総裁選は、宮澤先生を支持と言うことなんですか?」と質問をすると「そうや。宮澤さんを支持すると言うことや。」と言われたので、「え〜、あの話の流れの中の一言で総裁選の支持が決まるのか。凄いな。」と思った。 自民党の総裁になると言うことは、一国の総理になること。それが最大派閥の経世会会長の金丸先生のあの話の流れで最後に一言、「宮澤君」と言われただけで派閥の先生方の全ての議員票がまとまり、自民党の総裁が決まるという場面を目の当たりにした。その瞬間に立ち会ったことがわかって運転しながら鳥肌が立った。そうして、ポスト海部の総裁選で経世会が宮澤先生を支持し自民党の総裁に宮澤喜一先生が就任された。今でも金丸先生が「宮澤君でいいと思う。」と言われたあの瞬間を鮮明に覚えている。