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揺れる街と空、それでも続く韓国の日常

戒厳令が発表されたとき、ソウルの街は異様な緊張感に包まれていた。

ニュースを伝えるテレビ画面には、国会周辺のデモや抗議の声が響き渡り、緊急声明を読み上げる政府関係者の姿が映し出される。地下鉄の車内でも、スマートフォンから目を離さず事態を見守る人々の表情が硬かった。

普段なら夜遅くまでにぎわいを見せる街も、この日ばかりはどこか張り詰めた空気に満ちている。それでも、人々は足早に周りを気にしながら動き続けていた。

私も不安を抱えながら、急ぎ足で地下鉄に乗り込んだ。


韓国でアートマネジメントを学ぶ理由

当時、韓国人のヒョンたちと韓国式サウナ、チムジルバンで汗を流し、近所の飲み屋でタッパルをつつきながら一杯やっているときのことだった。

そんな中、テレビ画面に「戒厳令」の速報テロップが流れた。

戒厳令が発表されすぐ日本大使館から送られたメール


飲み屋にいた皆が険しい顔で緊急ニュースを見つめていた。韓国語のその言葉が持つ重みを理解するには時間が必要だったが、ただ事ではないことを直感した。


そんな中、テレビ画面から目を離さないまま、ヒョンがぽつりと口にした。

「次の政権はどうなるんだろうな」

学部ではクラシックサクソフォンを学び、大学院からアートマネジメントを専攻したヒョン。

私と経歴が似ている彼は、文化政策や業界分析を担う政府系の研究機関に勤めながら、私の入試や日常生活まで何かとサポートしてくれる、大切な存在だ。

けれど、その日ばかりは珍しく険しい表情を浮かべていた。


韓国では、文化発展を国家プロジェクトとして推進してきた歴史がある。

低所得者向けの芸術鑑賞助成や若手芸術家への住宅確保支援など、政権交代ごとに打ち出される政策は多彩だ。

だが、方針が大きく変われば、文化芸術の現場は翻弄されることになる。


心配そうなヒョンを見ながら、私は改めて韓国の文化政策が持つ“ダイナミックさ”を肌で感じた。同時に、その流動性が混乱を生む一方で、新たな可能性や活力を引き出してきた事例も多いという話を、ヒョンや教授たちから何度も聞いていた。

こうして政治や社会の“揺れ”を間近に感じながら、私は韓国でアートマネジメントを学んでいる。ヒョンのように、まさにその現場に身を置く人の存在は、大きな変化をリアルに捉えるきっかけとなっている。


ソウル市鍾路区・三一門にて



動き続ける街と学びの中で

韓国に来てから半年。

ニュースでは騒がしい報道が絶えないが、それでも人々の暮らしは続いている。

戒厳令後、学校の講義室で


ソウルの街も不安や混乱すら抱え込んだまま、目まぐるしく動き続けている。

戒厳令がもたらす重みを、誰もが肌で感じながらも止まることを知らない――そんなソウルの姿は、混乱の中でも前へ進もうとするこの街の“根源的な力”そのもののように思えた。

やがて年末、そんな街の緊迫した空気をさらに断ち切るように航空機事故が発生し、新たな悲劇がこの国を襲う。

それでも、人々の営みが完全に止まることはなかった。「動き続ける街」と「変化に揺れる社会」のコントラストが、この冬のソウルに深く刻み込まれている。


「こんな国での生活は大変でしょう」

と言われることもあるけれど、むしろ私はヒョンたちに支えられることで、気づけば私もこの街に慣れ、居心地の良ささえ感じ始めている。


──


深夜、リアルタイムで見守った戒厳令無効化の速報


この地で起こる出来事のすべてが、私には学びと発見を与えてくれている。

大きな変化の波にも飲み込まれず、明日へ向かう人々の姿を追いかけながら、私自身もまた、この街で生きる術を学んでいるのだと思う。

この街が教えてくれることは、思った以上にたくさんありそうだ。

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