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みんなのために作られた世界

 「世界は私たちのために作られていない」(ピート・ワームビー)を読んでいる。大人になってからASDの診断をされた著者が、ASDの人から見た世界を語っている本だ。なぜこの本を手に取ったのかというと、ボランティアで関わる中にASDの子もたくさんいて、私も少数派に属する部分があるから、知っておいて損はないと思ったことが大きい。でも、1章を読み始めてすぐに、私は眉を寄せた顔で本を閉じることになる。書いてあることが、私の感覚と限りなく近い世界にあったからだ。

 私はこれまで、はっきりとASDだと言われたこともなかったし、多くの人と感覚が違うと感じることはあっても、それが緘黙から来ているものだと思っていた。ASDについて知らないわけではないどころか、「予定通りに過ごしたい」とか、「対人関係が苦手」とか、私にも要素があるなとすら思っていたのに、ASDの人自身が書いた文章を読んだ経験があまりにも少ないことだけが、私の感覚を自分だけのものにしていた。本当は、私が感じている世界を同じように感じている人がたくさんいたにも関わらず、それを知らないことで、私が周囲との違いを感じても、自分で埋め合わせることが正解だと思っていた。みんなそうしているんだと思っていた。でも、私がどれだけそうしても、集団には溶け込めないし、全てが一歩遅れる。溶け込む努力をするために、周りを観察して、観察すればするほど、周りとの違いが浮き出て、それが飛び越えられない大きな壁になっていることに気づくのに、なんとか自力で解決していた。

 普通なみんなは、それをした上で、放課後に塾で勉強したり、休みの日にプリクラを撮ったり、どこにそんな体力が残っているんだろうと不思議だった。放課後は宿題で精いっぱいだし、休みの日は、平日にはできない課題や趣味に使ったら終わる。ASDについて読んで、人とは少し違うことを目の当たりにして初めて、普通の人は私ほどの「違いを埋める努力」をしていないことが分かった。帰るまでにエネルギー切れを起こさないように調整しながら、社交的に生活しているわけではなかったのだ。普通に過ごしていたら、この世界の掟とか当たり前からほぼ出ない体に生まれてきているから。

 私は、1章のはじめから驚きの事実を知った。「週末はどうだった?」とか、「元気にしてた?」という質問には、「元気にしてました」と答えるのが一般的ということだ。私は、その質問が来る度に、頭の中で過去を思い返して、自分の状態を適切に表す言葉を探していた。それをすることは、不自然な沈黙を引き起こすだけなのに、例え元気じゃなくても、条件反射で「元気にしてました」と答える必要があるのを知らなかったから、嘘をつくこともできずに、毎回沈黙するしかなかった。みんなはいつ、このルールを脳に加えたんだろう。一度、私が過去を振り返るために静止しているとき、「元気にしてました、でいいんだよ」と言われたことがあるけど、「嘘をついていいんだよ」と同じような気がして、脳には加えなかった。まさかこういう意味だったとは。

 驚きの事実は他にもある。人と目が合うことについて、著者は私と同じくらいの刺激を感じているということだ。私はこれまで、人と目が合うと電撃を食らったようになると思っていた。心臓がどくんと跳ねて、目が勝手に相手の視線を避けている。著者の言葉が、私と初めて出会った、目が合う不快感を表現している文章だった。

 小学生のとき、友達が持ってきたバレンタインのお菓子をもらってしまって、着替えの部屋で、堂々とたくさん渡していたから、誰かがそれを先生に言ったんだろう、翌日には「顔を伏せて。もらった、あげた人は正直に手を挙げなさい」と教室で一斉に言われたので正直に手を挙げた。もちろん、そのあと全てのクラスの手を挙げた子が集められて、「これから学年集会をするので、そこで1人ずつ謝ること」みたいに言われた。ショックで動けない私に、当時の担任が近づいてきて、「先生の目を見て」と真剣に話してくれた。そこまでは覚えているし、おおまかにどんな話だったのかもなんとか思い出せるけど、記憶は途切れ途切れのものしかない。「これから大きくなって、今回はお菓子だからいいけど、薬物を使わされたりとか、犯罪に繋がる可能性もある。喋れないけど、だめだと思ったら従わないことはできる。今から練習していきなさい」みたいな話だった。でも、こんなにも曖昧な記憶なのは、目が合っていて、集中できなかったからだ。目を合わせることがコミュニケーションの一部にある人には分からないと思うけど、なんというか、眼球をずらさないように必死で相手の目に合わせることが私の全てを使ってしまう。これが、私の人生で他人といちばん長く目を合わせた記録だろう。もうやりたくない。

 とにかく私は、ASD傾向があることをはっきり自覚したから、自分を責めることが少なくなるだろう。ボランティアで解散したあとに大人数で居酒屋へ行くみなさんを見ながら、(1日走り回ったあとにうるさい居酒屋に行こうと思う人がたくさんいるんだなあ)と1人で帰ればいいし、疲れているのに、布団に入ったあとも脳が情報を処理しようと頑張っていて、ところどころ漏電を起こして寝られないときは、もっと情報を増やす反省会なんかはやめて、漏電している脳を触らずに目を閉じればいい。自分の気持ちを外に出す方法の中で、文字にするのがいちばん優れていると思うなら、書いたらいい。ニューロダイバーシティ(神経多様性)という言葉は広まってきたばかりだから、神経の造りがちょっと違う人を理解しようとせず、勝手に「怠けている」と判断する人が、これから少しずつ減ってほしい。人には人の信念があって、人には人の地獄があるということに気づき続けて、私は目の前にいる人と関わりたい。だって、「なんで喋れんの?」と聞かれながら、(じゃあ、なんでみんなは喋れるの?)と普通とは真逆の疑問を抱いていた私だから。幼少期は、自分の喋れない感覚を普通だと思っていたし、喋れない自分も自分だった。それが「なんで喋れないの?」と普通じゃなさを示されるにつれて、消えていった。だから、私は私の「普通の範囲」を疑っていたい。絶対にその外側にも人が生きている。自分の普通だけで、人を判断したくない。自分の世界を柔らかに持っていたい。固めてしまいたくない。

 今は私にASD傾向があるんだと思っていても、また新しい知識を得ることで、そっちの方が近いかなと考え直すこともあるだろう。自分に合った生活ができればそれでいい。結局は自分と周りの人が快適に暮らすためなのだから。

 これを書いている間に、「世界は私たちのために作られていない」も読み終わった。ASDの人に限らず、ほとんどの少数派の人が、少数派であることを理由に仕事をもらえなかったり、会話をしてもらえなかったり、たくさんの機会を逃していると思う。それは少数派側の問題なのか?自分ではどうにもできない要素を理解してくれれば、少数派であっても同じように生活ができると思う。そして、そうやっていろんな人が生活できる社会が、本当に誰もが暮らしやすい社会だと強く思う。私はそれを目指したい。私のことなんか誰も理解できないと頑なにならず、話していればいつか世界が変わると信じて話し続けたい。それが、話すことに運よく救われた人だけが信じられる領域だとしても、話すことで傷つき続けてきた人には想像できない領域だとしても、私が話し続けて世界を変えられるなら、誰にもその夢を押し付けないなら、信じる価値があると思う。

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