「夜の女王」が大輪の花を咲かせる時
東経11度34 分、緯度48.35度のこの町で、本来熱帯や砂漠に生きる植物は温度や光を調節した温室で育てられている。人工的に操作された環境下の植物を不自然だといって嫌う人もいる。
それでも温室で「飼いならされた」植物だって野生のリズムを忘れることいない。春も夏も秋も冬も、朝も昼も、そして暗闇に包まれる夜だって、故郷にいるのと同じように自然のサイクルにしたがって生きている。
夜の誰もいない温室でだっていろんなドラマが起きている。そして今夜はサボテンの間で「夜の女王」たちがお出ましになる予定た。
さあ、急いで中に入ってごらん、、
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サボテン科のひとつ、セレニケレウス属は通称、「夜の女王」と呼ばれている。角張った茎節がうねうねと長く伸びていることから「へびサボテン」との名もあるけれど、大輪の花をたった一晩だけ咲かせ、一夜かぎりの夢に酔いしれさせてくれる様は、まさに夜に降臨する女王。
ちなみに学名のセレニケレウスはギリシア神話の月の女神、セレーネーに由来するもの。もしかしたら彼女たちは月から遣わされた使者なのかもしれない。
温室を入ってすぐにあるサボテンの間で女王様は窓際の鉢に植えられている。そのとがったトゲをいかしてほかの植物につかまりながらしなやかな身体を縦に横にとのばしていくのだ。屈強な柱サボテンたちのボディーガードに守られてかれこれ30年以上前からここにいるらしい。
お客さんたちに顔をのぞかせる機会がないから女王の存在に気付く人は意外と少ない。 今年は大半がすでに咲き終わって、残った2輪の女王様、(窓際の女王と柱の陰の女王)がほんの少し花の色をのぞかせながら今夜の出現を予告していた。
さあて、19時半をすぎたぞ。雨模様であってもドイツの夏の夜はまだまだ明るい。いよいよ始まるよ。
こっちを向かずに窓の外をのぞいている女王様の外側の髪ならぬ花弁が少し乱れはじめて、中の白いものがのぞくようになった。お昼とは様子が一変している。
もう片方の柱の陰の女王様は澄まし顔で少しも姿を変えてない。 こちらはシャイなのか、遅咲きタイプなのか。窓際の女王に注目してみよう。
19時54分。
、いよいよ顔をみせんとばかりに開き始めた。角度を変えると開いてきたのが分かるかい?
20時6分。さあどんとん開いていくよ。
一番外側の花弁がくっと真ん中あたりで曲がって、外に広がっている。中の雄しべや雌しべもよく見える。月の化身というよりは光輝く太陽のようにも見えるな。
20時51分。かなり開いた。けど、
窓越しに映る女王の姿はどこか哀しさに満ちている。その原因はどんなに美しく咲いても、どんな芳しい香りを発して誘いをかけても、求める相手はこの温室にはいないからかもしれない。誰を待ってるのかって?花粉を別の花へと運んでくれるコウモリだよ。
例え籠の中の鳥のような存在であっても、植物たちの次世代へと生命をつなごうとする衝動は抑えられない。かなわぬとわかっても花を咲かせ続けるんだ。それが動くことのできない生物の宿命だから。
20時52分。
おっと、窓際の女王様に気を盗られすぎた。柱の陰の女王様がゆっくりと支度し始めたのが見えるよ。
21時15分。
空がぐんと暗くなった。
夜の闇が深まるごとに柱の陰の女王が花開いていく。
夏の夜の温室の中は忙しい。実は少し離れたところではオオオニバスがこれまた夜にだけ花を咲かせているんだ。ちょっと行ってみよう。ピンク色に染まった花は2日目の夜を迎えた証。1日目の夜は同じ花でも白い色だったはずだ。白い色と匂いでコガネムシを誘い、朝になると花を閉じてコガネムシを閉じ込め、花粉を運んでもらう手筈を整えると、2日目の夜には色を変えた花はコガネムシを逃して別の花に受粉してもらう仕組みなんだ。うまくできている。
じゃ、旅人の木を目印に女王様たちのところへまたもどろう。暗いから足元に気を付けて。
21時52分。ここまで開いたよ。もう一息だ。
カエルたちが応援団のように鳴き声を響き渡らせている。時折入るのはヤモリの合いの手。ここから先は流れにまかせて見ていよう。
22時28分。
22時55分。
どうだったかい?
女王たちの花の命は5、6時間と短い。この一夜だけのためにすべてのエネルギーを注いでいる。そしてここから先は彼らの時間。夏の夜の宴を人が邪魔してはいけない。
外は月の出ない夜。ヤシの木にエスコートしてもらってもうおかえり、、、そして眠りについたらきっと甘い夢が待っている。
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