ドイツで作る笹団子とパスカルくん
ブロンドのサラサラヘア、ハープを弾くのが趣味というパスカルくんは漫画の王子様みたいな17歳。上級専門学校の一年生で、職業研修の一環としてウチの職場にやってきたのがきっかけで知り合った。
ドイツの上級専門学校は日本でいう高校一年生を終了した時点で入学資格が得られ、社会福祉、経営管理、芸術などなどの専門に分かれた実務を主眼とした教育が行われる。一年目は職業研修が主で、色んな会社で研修を重ねて自分の適正を見極めたり、社会経験を積むことができる。
パスカルくんの専攻は「環境・自然・食糧」。ということで植物の栽培管理をしている我が職場に9月からやってきた。学校でひたすら迷走状態を続けているウチの息子とパスカル君はほぼ同年齢だ。そこで一緒に雑草取りしながら根ほり葉ほり今どきの若者事情を聴きつつ、悩み相談することにした。
まずは軽く導入から。
(私)「どうやって専攻を決めたの?将来はどんな方向に進むの?」
(パスカルくん、以下パ)「消去法で選んだかな。それにね、どっちかというと今は理論だけじゃなくって身体を動かしながら学ぶ方が向いているかなって思って。でもこの先はまだわからない。アビトゥア(高校卒業資格)を取って大学に行くかもしれないし」
(私)「親から言われずに自分から勉強した?ウチの子は全然やらないんだよ」
(パ)「やらなくてもいい点が取れればいいんじゃない?」
(私)「いや、飛行機でたとえるならばわき見運転しながら低空飛行を続けている感じ。地面をかすっているのにちっとも軌道修正しない・・」
(パ)「点数が危ない時は例えば暗記ものなら親に問題を出してもらって勉強したかな。あと、なんたって友達の影響が大きいよ。周りが全然やらなかったら一緒に流されるもん。でも大丈夫。やらなきゃいけないと思ったらやるよ、きっと」
なんか、同年代のパスカルくんの口から出る言葉はママ友さんから聞くよりも重い。慰めも彼の気遣いからだってわかっているけど、じわーっと心に染みる。ありがとう。
そこからテーマは代わって本へ。
(私)「どんな本を読んでる?ウチの子はスマホ漬けでねえ」
(パ)「難しいよね。SNSとか外から刺激が簡単に入ってくるのに慣れちゃって本を読むにしてもその世界に入り込むのに時間がかかって苦労する。その点女の子はライトノベルみたいな、恋愛とか他愛もないストーリーだけでも本を読む傾向があるからマシかな」
日本が発祥のライトノベルがドイツの若者にも浸透していることが分かって日本文化もここまできたのかとしみじみしつつ
「そうなんだよ。この間のフランクフルトブックメッセについてのニュースで、ライトノベルのおかげで若者の活字離れを食い止められているっていってた」と私。
さらに映画の話になって私が日本行きの飛行機内で「すずめの戸締り」を観たことを言おうとして、まさか知らんだろうなと思いながらドイツ語タイトルを検索して「SUZUME」といっただけで「ああ、あの扉が開くやつね。絵がものすごくきれいだよね」とすぐに反応が返ってきた。
アニメや漫画をはじめとして日本の文化が若い人たちに受けているということはもちろん聞いていたけど、ここまで市民権を得ていることにひたすら感動。パスカルくんは日本のことがもっと知りたいのでぜひ旅行してみたいともいってくれる。
そしてパスカルくんがいきなり聞いてきた。
「昔好きだった、映画って何?」
しばし考える。「とっても深入りした映画って思い出せない」と答えると「明日お誕生日で休みとるけど特にお祝いしないって言ってたでしょ。息子と一緒に自分の好きだった映画を見るっていうのどう?僕も自分の好みじゃないけどお母さんに付き合って観てあげたことがあって、喜ばれたんだよ」と笑顔で返された。
ああ、パスカルくん、なんていい奴なんだ。君のお母さんは幸せもんだなあ。こういう優しい若者にはぜひもっともっと日本のことを知って好きになってもらいたい。
感動しながら、休みを利用して笹団子を試作する計画であると伝えた。
「笹団子はね、MOCHI(もち)みたいなもん。(注.ドイツのスーパーでは雪見大福のようなアイスをもちにつつんだMochi-Eisが買える。アジアンレストランのデザートとして人気がある)小豆を甘くしたものを入れて笹の葉で包むの」と私。
MOCHIと聞いてパスカルくんは目を輝かせてレシピを教えてちょうだい、と言う。
よろしい、味見もしてもらっておいしかったら伝授しましょうぞ。
でもなぜ、いきなり笹団子よ?と思われたでしょうか。
よくぞ聞いてくれました。。
ネットで新潟県名物の笹団子が笹の取り手も団子を巻く人が不足して、その現状を知ってもらうために笹をまかない「むいちゃいました」が発売されることになったというニュースを読んで以来、私の中で笹団子を救わねばという気持ちが心の中でうねうねと渦巻いていたのだ。
えっ、笹がなかったらこの名物の存在意義は薄れる、いや、ないでしょ・・・とショックを受けた私。
笹団子は粒あん入りのをヨモギ団子をササの葉でくるんでイグサやスゲで縛ったもの。なんといっても私にとってのこのお菓子の肝はササだ。
1。ササという自然素材でくるむことによって残るゴミが発生しない。これぞ究極のエコ。
2。ササが持つ殺菌、防腐効果によって団子の日持ちがする。
3。ササによって俵のようにくるまれた団子は何より美しい。風呂敷とならぶ日本のパッケージ文化の代表といえよう。
そもそも私が植物をおいかけるようになったのはこうやって植物が暮らしの中に密着している日本で育ったからなのだと思う。笹団子を初めてもらったとき、古の人々が紡いだ知恵と美意識に圧倒されたのを今でも覚えている。世界に誇れる、次世代に受け継ぐ価値のある笹団子が危機に瀕しているというのはそれだけにショックが大きい。
自作するに当たってまずは材料集めから。柏崎市のレシピを参考にさせてもらった。
まずはアジアンショップで粉選び。緑のが餅米粉、青い米粉は上新粉の代用に。あんこは日本で買ってきたのを使うことにするけれど、こちらでも缶入りが売られているのを確認した。
ヨモギ粉は日本で調達したのがこれも我が家にはある。(ヨモギにも薬効があって、団子に使われるのにも意味があるけれど、ドイツでは手に入れにくいのでパスカルくんにはなくてもいいと教えよう)
そして最大の問題は私が重要視するササだ。幸い職場にはいろんな植物が植えられている。それにドイツの庭造りで多用されているのでどこかで見つかるはず・・・と確信して探したけれど・・・あれ、ない。
竹はあってもササがない。しょうがない、竹の葉でごまかすかと採ってみたけどさすがに小さい・・・。
けれどないよりはましか・・・と悩んでいたら、同僚がハイ、コレと30枚ほど差し出してくれた。
ありがとう!!!どこにあった?と場所を聞いたら私が探したところとはまったく別のところにあった。
調べてみると、新潟県の笹団子に使われているのはクマザサ(Sasa veitchii)で、私の手許にやってきたのはチマキザサ(Sasa palmata)だった。
笹団子のササ不足に陥っている理由に、高齢化でササの採り手そのものがいなくなっていること、と山でクマに襲われる危険が高いとあった。
ので私はてっきりクマザサの名前の由来はクマの大好物だからかと思っていたがそうではなくって、寒くなると葉の縁が枯れて白くなり、この縁取りを歌舞伎役者の化粧「隈取り」になぞらえて「隈笹」と名付けられたらしい。
クマでなくてチマキでササはササ、、いずれにせよ、十分な大きさの葉っぱが見つかってよかった。葉はそのままで触ると手を切るかと思うほどの鋭さだったがお湯でゆでることで鋭さが消えた。(お湯に重曹を入れると緑の発色がよくなるそうだけど、そこは省略)
そしてレシピを参考にしながら生地を作り、あずきを入れて、笹に巻き巻きする。本当は1こにつき笹3枚で巻くと書いてあったが、ちょっともったいないので2枚でくるみ、両端をスゲの代わりにラフィア麻で飴玉のように結んでみた。
自分で作ってみると、普段何気なく食べているものがどれだけ手間ひまかけて作られているかということが本当によく分かる。笹団子もしかり。山に出かけて笹を取る、米を育てて粉にする、ヨモギを摘んで茹でる、い草やスゲをとる・・・自然の恵みをありがたく頂戴しながらできている。
出来上がったのをまずは蒸してみたものの、時間がかかるので、茹でることにして約10分。
売られているものの美しさには到底及ばないけれど、なんとかそれらしきものが出来上がった。片側をバナナをむくようにして食べると団子が葉にひっつく(サラダ油を塗ればよかった・・・)けれどお皿もいらない、手も汚れない携行食にもなる。
秋休みに入ってしまったせいで残念ながらパスカルくんにはまだ食べてもらっていない。けど、植物とともに培われてきた素晴らしい日本の食文化をぜひとも知ってもらいたい。