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Sさんにもらった削り花

「はい、これプレゼント」

とSさんから口をキッチンペーパーで覆いセロテープでとめた紙コップを手渡された。
軽いから飲み物ではない。

なにかしらん、とペーパーをバリッと破いて中を覗くと、木くずと木を削って作ったちっちゃな花二輪が入っていた。

「そこにあるストーブの薪木で作ったの。それにヨーロッパハイマツのオイルをふりかけたただけ。水をやらなくていいから手入れは楽よ」と茶目っ気たっぷりに説明してくれる。


鼻を近づけるとふわんと山の香りがする。ヨーロッパハイマツのオイルには鎮静効果や安眠効果があるといわれる。頭がスッキリ落ち着きます。

「ありがとう」とお礼を言ったものの、こんなすてきなプレゼントをもらうようなことしたっけ。
花びらも葉っぱも強く押したら折れちゃいそうな細かさ。こんなものをプレゼントしてくれるなんて・・・。うれしい。

エーデルワイスの花のようにも見える。そうだ!小正月に飾られる削り花、これはドイツ版削り花だ。


ちょっと似てませんか?

こんなに器用に気の効いた手作りの贈り物ができる人を尊敬してしまう。

 Sさんは私の職場にボランティアとして最近くるようになった50代の女性。病気の後遺症で「一時的に」年金生活を送っている。

一時的とは、病気やケガなどが原因で働けない(あるいは一日3時間以下)となった場合、その補填として年金がもらえる仕組みで、永続的なものではないという意味。一定期間ごとに就業可能かどうかの判断が下される。 

元々自動車工場の事務をやっていたSさんは事務の仕事に戻ろうにも耳鳴り、頭痛に悩まされ、元の仕事への復帰は難しいという。ボランティアで植物の手入れをしているとエネルギーがわいて全然疲れないんだから不思議、と笑う。 

若くして九死に一生を得る経験を経た彼女だからだと思う、生きるものへの思いは熱い。すべての生命を救いたいと考えているようにも見える。

「これは、こっちからこぼれ種で増えちゃったから雑草の扱いになっちゃうの。取り除くしかないね」と説明すると、どこかに植え替えられないだろうか、と問い返してくる。そして「こんなにキレイに咲いているのに・・・」とぼやきながら仕方がないといった表情でようやく引っこ抜いていく。 

年金をもらえるとはいってもそれだけで生活していくことは物価も家賃も高いミュンヘンでは不可能だ。Sさんは当面2年間は貯金を切り崩しながら将来の方向性を決めていくという。いわく今は「リハビリ期間」にあたる。

私はうなずきながら彼女の話に耳を傾けるしか術がない。不安は山のようにたくさんあってもたぶん彼女なら自分の道をきちんと見つけていけるのだろう。

 今、Sさんから勧められた「植物の知性(日本語版は, 植物は〈知性〉をもっている 20の感覚で思考する生命システム)」(ステファノ・マンクーゾ、アレッサンドラ・ビオラ共著)と植物を人文学的なアプローチから扱った「植物考」(藤原辰史著、生きのびるブックス)を併読している。

植物たちが眠りにつくこの季節、「読書の冬」がやってきた。



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