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三年分を一年で


私の高校時代は勉強にまるで興味がなく受験生になって進路相談で担任にこの成績だと受かる大学はひとつもないぞとはっきりと言われていた。

その頃の私の成績は目も当てられないもので特に英語はからっきしだった。

唯一得意だった国語も人並の点数を取るのが精いっぱいでそんな丸腰に近い状態で臨んだ大学受験は当然のように全滅だった。

さぁそれからの進路をどうするか、のんきな私もさすがに焦りを感じ始めていた。

当時の選択肢としては就職活動もしていなかったので専門学校に行くか予備校に行くかの二択に絞られた。

漠然と語学に興味があった私は予備校で一年間勉強しなおして大学受験に再チャレンジすることにした。

その時に自分の退路を断つために父に人生で初めて真剣に頭を下げて県外の予備校に行かせてもらいたいとお願いした。

最初は難色を示していた父も私の懇願に根負けしたのか了承してくれた。

慌ただしく入学の準備をして四月から初めての独り暮らし浪人生活が始まった。

自分を甘やかさないためにテレビやゲーム、漫画の類は全て実家に置いていき唯一昔から愛用していたCDラジカセだけを持って行った。

初めて住む土地で知り合いは一人もいない。

不慣れな満員電車でぎゅうぎゅうに押しつぶされそうになりながら初登校した時の緊張感は今もよく覚えている。

予備校に入学してしばらく講義を受けて生活に慣れてくると学校に来なくなる子や遊びに来ているような子もちらほらいたが全体としては高校の授業とはまるで違うピリッとした緊張感のある時間だった。

初めて予備校で受けた模試の結果は志望校と私の偏差値の大きな開きを実感させる厳しいものだった。

これ以上両親に負担をかける訳にもいかないので二浪だけは絶対にできないというプレッシャーは常にあった。

そこで一日の生活スケジュールをとにかく勉強を中心に組み立てた。

朝五時に起きて登校をするまでの二時間半は英語の単語暗記。

夕方には講義が終わるので帰り道に古い店構えだが激安のスーパーで食材を買い求めて自炊をした。

とにかく時間が惜しいのでチャーハンとか野菜炒めとか簡単な料理が多かったように思う。

食事を終えたらその日の勉強の復習をして後は自分の足りていない教科の勉強を日々ローテーションでコツコツと地道に学びなおした。

この生活を始めていかに自分が高校三年間勉強から逃げ回っていたのかを何度も痛感した。

下手をしたら中学生レベルの問題にすら苦戦する始末でさすがに情けないと思ったものである。

それでも眠気覚ましに深夜ラジオをかけたりしながら深夜の二時くらいまで頭に知識をたたき込んだ。

半年もするとジワリとではあるが学力向上の兆しが見えてきて志望校への希望がかすかに見えてきた。

一人暮らしにもすっかり慣れてあまり眠らない生活も平気だったのは若かったからだろう。

その頃の楽しみと言えば読書でそれまで活字なんてまるで興味が無かったのに娯楽が無い生活に耐えられずに週に一度予備校が休みの日曜日に自転車で街にある古本屋を巡った。

自分ルールで漫画は買わないで小説やエッセイだけを選んで買っていた。

まだ個人経営の古本屋が多かった頃で一冊50円とかの古い小説を買ってきては夢中でむさぼり読んだものである。

ちょっとした息抜きが無いとさすがに続かないのでこの古本屋巡りはささやかなご褒美として大いに楽しかった。

そんなこんなで迎えた大晦日、この年は里心がつかないように実家に帰らずに勉強に精を出した。

予備校も短い冬休みで登校することもない。

行きつけの近所のスーパーも年末年始はお店を閉めている。

そんな中でも受験を目前に控えていた私は読書もそこそこにしてひたすら勉強に専念した。

気が付けば徹夜で勉強することも増えていた。

さすがに頭が煮えるような感覚と体のだるさからいつの間にか寝てしまうのだが、寝ると勉強した内容を忘れてしまうんじゃないかと思ってその頃は睡眠が怖かった。

それでも一年間で三年分を取り戻すという意欲は継続しており予備校の最後の模試では志望校の偏差値までどうにか届くレベルまでにはなっていた。

年明けから受験までの期間は正直今ではあまり記憶にない。

とにかく朝も夜もなく黙々と勉強をしていたんだろうなとは思う。

そして迎えた受験日前日。

受験票と新幹線の切符を握りしめて上京した。

二度目のチャレンジだった大学受験はあっけないほどスルスルと問題が解けた。

一年前はまるで歯が立たなかったのに確かな手ごたえを感じた。

無事に受験を終えて二週間後アパートのポストに大学名が書いてある大判の封筒が届いた。

緊張で喉がカラカラになりながらハサミで封筒を開けると中には合格証書が入っていた。

んーやったぁ!と大声で叫んだ事が昨日のことのようにはっきりと思いだされる。

すぐに実家に電話をかけて合格したよと言うと母が良かったわねぇと自分のことのように喜んでくれた。

一年間の総勉強時間は結構な時間になるはずである。

やっぱり人生に近道はないんだなと思った苦しくも充実した一年だった。

こうやって改めて振り返ってみて自分には無理だと思う人もいるかもしれないが、ほんの少し意識を変えることで大の勉強嫌いでひどい落ちこぼれだった私でも結果を出すことが出来た。

これから受験に臨む方は今が一番苦しい時期かと思いますが春になれば笑って過ごせるように祈っております。

¡Tú puedes hacerlo!





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