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束の間の再会
「のんちゃん? わー! 久しぶり!」
美容院の待合室にあるソファに腰掛け、順番が回ってくるのを待っていた時のこと。
顔を上げると、グレーのジャケットを着た青年が立っている。髪は短くさっぱりとしていて、ヘアカットが終わった後のようだ。マスクをしているので、顔をしっかりと確認することはできない。けど、彼がだれかはすぐにわかった。
「みーくん!」
みーくんは、わたしの幼なじみだ。1つ年上の男の子。いや、もう男の子という年齢ではないのだけれど。小学校1年生まで暮らしていた社宅で一緒だった。少なくとも15年以上ぶりの再会。
わたしたちは、うすーい縁でつながっている。
「母さんから、噂には聞いていたけど」
「ね、わたしも。同じ美容院に通ってるって(笑)」
「やっと会えたねぇ。いやー、街中ですれ違ってもわからないな!」
わたしもわからないなぁと、マスクに覆われたみーくんの顔を見る。同じ美容院に通っていること、「のんちゃん」と呼ばれなければ、彼が彼であると確信を持てなかった。本音を言えば、(たぶんみーくんも)互いのことは、ほとんど覚えていない。
なのに認識があるのは、わたしと、彼の母親の仲が良いからだ。わたしたちが今の住居に引っ越してきてから、再び年に数回ランチをする仲になった。
互いの親から、なんとなくそれぞれの近況は聞いており、同じ美容院に通っていることも知っていた。「いつか会うのかな」なんて母親と話しながら、もう数年経っていた。
「もしかして、いま春休み?」
「あっ、そうそう。のんちゃんは? 今日平日だけど、仕事帰りかな?」
彼はいま、教鞭を取る仕事に就いている。
唯一覚えているのは、社宅の同世代の子ども同士で駆けっこをする度、必ずわたしがみーくんには勝利していたこと。みーくんは悔しがるそぶりも見せず、「のんちゃん、はやいなぁ」といつもニコニコしていた。
彼はとても穏やかで、やさしい男の子だった。綻んだ目元をみると、そこは変わっていないように思う。学校では、やさしく、誠実な教師なのではないだろうか。
美容師の方が、声を掛けにくそうにこちらを見ている。ヘアカットの順番が回ってきたようだ。
「あっ、わたしそろそろ行かないと。空いたみたい」
「うん、俺も行かなきゃ。会えてうれしかったよ!」
「こちらこそ! 母さんに伝えとくね」
「俺も言っとくよ」
束の間の再会だった。お互いに笑い、手を振りあう。
背中を向けたあと、みーくんが近々結婚することを思い出した。もしかしたら、式のために髪を切りに来ていたのかもしれない。
「おめでとう」と言いたくて振り返ったときには、もうみーくんは美容院を後にしていた。
※「みーくん」は仮名です
***
企画マガジン『かく、つなぐ、めぐる。』、はんだあゆみさんの2本目のエッセイが更新されています!
はんださんの幼いころの記憶、台風が過ぎ去った次の日のお話。エッセイに登場するキシオくんは、いまどんな大人になっているんだろう。
(エッセイを読んで、子どものころの友だちって、もうなかなか会うことはないな、と思いました。今回のnoteは、偶然自分の身に起きた、最近の再会を思い出して書きました)
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