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未婚率のセルフィー

草木だけが眠る丑三時、一人の男がキャリーカートを引き摺っていく。カートには、投光器、ダンボールのパネル、小道具のオブジェ、その他あれこれに加えて、バラの花束がある。通りに伸びるシルエットが、美しい月明りに映える。とある建物の壁際まで来て、男は立ち止まる。周囲を見渡して誰もいないことを確かめると、おもむろにキャリーカートからなんやかやを取り出す。それらをそつなく組み立て、ひとつの構図を決めようとするのだ。建物の三階の、いくつも並ぶ窓のひとつには、鉢植えのビオラ。その窓だけが半開きで、カーテンがそよぐ。男は投光器を点け、まばゆい光が壁全体を照らし出すのを確認する。一度消して、ふたたび配置と構図を直す。測量士のように微細な部分までこだわり、思考を究めた完成図には一分の妥協も許さない。最後にケータイを三脚に固定して、自撮りのパースペクティブに全容を収める。そしてバラの花束を抱え、まさしく男自身が跪いて、両手で花束を差し延べるポーズをとる。ピカッと投光器を点ければ、半開きの窓先にはちょうど特大影絵の花束が捧げられている。

男はうっとりして、影絵が浮かんだ壁全体をセルフィーに収める。ケータイの、バンクシーのステンシル画や、マリアッチがセレナータを歌うメキシコの画像などがあるフォルダに、その一枚を加える。これを送信すればきっと彼女は心を動かすだろう。ククッと込みあげる充足感に満たされながら、男は後片付けを始める。と、暗闇の奥から野良犬が飛び出してくる。肛門にハバネロでも塗られたみたいに、猛然と自分の尻尾を追いかけ回すのだ。昼も夜もなく吠えまくり、なぜ、いま、ここで直接そのプロポーズを行わないのか、咎めるように同じ場所でぐるぐる吠え回る。窓に灯りがつく。






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