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プラネタリウムの夜

約束の時間きっかりに、夜警は裏口の錠を解く。軽く会釈をして、Kは黙って夜警のあとに従う。映写室の扉を開けると、200席あまりのシートの背もたれが、中央から放射状に倒れている。そのぽっかり開いた真中に、投影機がどっしり据えられている。ダダイストが酔狂で残した、場違いなオブジェのようだ。大小ふたつの金属球にそれぞれ小さなレンズが嵌め込まれ、たがいに細い棒で結ばれる。全体としては歪つな円筒形だが、細部はやたら複雑でとりとめがない。いかにも前時代的な形状なのに、実際はオート制御されていて、スイッチひとつで楽々と動く。

夜警はひとしきり投影機の動作確認を行う。まるで予測できない方向へ回転して、投影機はドーム型の天井に夜空を切り替える。どうだ、凄いだろ、と夜警はわざとらしく肩をそびやかす。制服を脱ぐかのように、ただの純粋なオタクに戻っていく。はじめて会った気がせず、Kは夜警の説明に促されるまま、シュメール人が眺めたにちがいない夜空に思いを馳せ、ギリシア神話を星座のなかに紐解く。と、どこから紛れ込んだのか、黄金色の蝶がひらひらとKの視界を掠める。記憶の隅にある、遠く懐かしい匂い……。蚊帳を吊るした寝室で、停電の夜に嗅いだシッカロールにも似た……。

「お待ちかね」と言って、夜警は懐からドライバーセットを取り出す。続けざまに投影機のプロジェクターを開け、小さく穿たれた夥しい穴、その任意の一点に錐を突き立てる。「こんなちっぽけな穴でも」と夜警は言う、「レンズで拡大されると一等星の輝きさ」。そして原始人が火を起こすように錐を回転させ、穴を広げるのだ。彼の瞳に光が宿り、見る見るうちに生気が漲る。「次はあんたにもさせてあげるから」。

プログラムを自動再生させ、二人はシートに横たわる。天井のスクリーンに映し出された無数の星を眺め、「さあ、どれだ? たったいま生まれ変った星は?」と夜警は言う。半ば自分自身を抱きしめるように。その目には涙が溢れ、陶然と全能感に打ち震えるような表情に、こんな夜を知っている、とKは思う。鳩尾の下あたりにキューとくすぐったい尿意を覚える。黄金色の蝶が、満天の星空を舞っている。

  



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