煙の向こう側 2話
昭和40年1月、和は山名良治、悦代夫妻の長女として産まれた。
山名が22歳、悦代が19歳の若い夫婦である。和の後に2人の男の子にも恵まれたが幸か不幸か二人とも1歳の誕生日を待たずして病死している。
この死に至るまでの経緯は、定かではない。
山名の実家は、田畑をたくさん所有し、本業は建具屋だ。
山名は長男であるが、歳の離れた姉が二人いる。
待ちに待った跡取り息子に、甘くなるのは、言わずもがなだ。
そんな息子の嫁ともなれば、おのずと厳しくなるのが常である。
新婚当時は同居していたそのものの、その厳しさに耐えられず、4年を過ぎた頃、二人は実家を出ることとなる。
つづけさまに子を亡くした辛さも手伝ってのことだろう。
山名は子供好きだったが、もう一つ好きなものがあった。
後々、離婚の原因にまでなったのだから、相当のものだ。
但し離婚の要因がそれだけではないことは、想像の域をでない。
金持ちの息子だからと言ってしまえば身も蓋もないが、山名が愛してやまなかったのは【車】である。
二人で生活するようになってからも、好きな車に没頭し、給料を家に入れないこともしばしば。
いつのまにか所有車が変わっており、後になってロ-ンの通知がくるというのは日常茶飯事だった。
それでも、和には優しい父だった。
突然、父との別れがやってきたのは和が5歳のときだった。
なんの前触れもなく、和は祖母のもとへ預けられ、それ以後、父に会うことは許されなかった。
山名とは、調停離婚となり、その調停にでたのは悦代の兄で和の叔父だった。お世辞にも気弱だとはいえない悦代の性格だ、
二度と会いたくないと兄に泣きついたのだ。
親権をどちらにするかでかなり時間をとったが、財力のある山名に置いていくという悦代の意見は通らず悦代側が、親権者となる。
子供好きで優しい兄が、「山名においていくなら、親戚の養女に出す」と言われれば、断れないのは当然のことだった。
この時、兄には既に3人の子がいた。裕福とは言えなかったが、和を家の子にしたいと申し入れたが、悦代はこれを断り、実家に和を預けている。
兄の子となっていれば、その後の和の人生は、また違うものになっていただろう。
間もなく和は小学校に上がった。
一度だけ、山名が小学校に迎えにきてくれたことがあった。
和は母から「お父さんが迎えに来ても絶対についていったらダメだからね」と、きつく言われていたが、和は父が大好きである。6歳の少女に抑えきれる感情ではなかった。
堤防に座り、二人でソフトクリームを食べた。
傍目からは、子煩悩な父と、父を慕う子に見えたに違いない。これは間違いではない。
本当に仲のよい親子なのだから。
和は父に言った
「お父さん、和、お父さんとずっと一緒にいたい」
父は、和に微笑むだけで、ずっと和をみつめているだけだった。
この日以来、和が父に会うことはなかった。
この頃、和は祖母の家の悦代の箪笥の中に、両親の結婚写真を見つけている。
新郎の顔が、剃刀でズタズタに切り取られた無残なものであったのを
今も忘れることはできない。
その後間もなく、和が隠し持っていた良治との写真も取り上げられてしまった。
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