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環境ががらりと変わって再出発

8月16日から職場復帰しました。

1年8ヶ月半にわたる休みを経て、しかも相棒と子どもの面倒を見れるように勤務調整してもらうべく、営業所も異動させてもらいました。
休職前とは状況がガラリと変わり、それゆえ仕事への心境も全く違うものになっているのを感じています。今日はそのあたりのお話を。

休職前はお客さんと全力で向き合っていました。考えていたことといえばこんな感じ。

・お客さんにはどんな人であろうと絶対に安全にバスに乗車してほしい。今後も含めて怪我してほしくない。
・もしトラブルがあって遅延などが起きても、車内で責任を取れるのは運転士だけ。お客さんには良くも悪くも責任をとる権限がない。だから運転士が締めるところを締めないといけない。
・アナウンスでのお願いが一度耳に入ってもなお聞かない選択をする人はそれでいいと思うが、少なくとも一度耳に入れてもらえたことがわかるまではアナウンスする。聞いてないから怪我しましたなどとは言わせない。
・公共交通機関たるもの公平であらねばならない。ルールやマナーを守っているお客さんが割りを食わず、満足して乗車してもらえるように。

ですが今は、休職後にいろんな意見を聞いたり改めて他の人のバスに乗ったり、さらには育児でまだ話の通じない0歳児と向き合う経験をしたりして、このような考えになっています。

・安全のためにお願いしていることを聞き入れずに怪我をするお客さんがいてもその人の自業自得でしかない。お客さん本人が大丈夫だと思ってやっていることならそれを信じて尊重しよう。
・やることをやっている以上こちらは責任を果たしている。それを無視してトラブルを起こされるようなことがあっても、居合わせた善良なお客さんは運転士の責任を追求することはないはず。
・なので必要なアナウンスも伝わるようにやりさえすれば、聞いていない人にも聞かせるためにむやみに声のボリュームを上げて再度やる必要はない。
・公共交通機関が公平であらねばならないという考えは変わらないが、お客さんにもたらされる結果を公平にせねばと頑張るよりは、運転士としての自分からお客さんに向ける対応が公平であればそれで十分ではないか。

休職前まではこのように考えようとしても、ストンと腑に落ちるものがなくて考えられませんでした。「アナウンスは1回でいい」という指導を何度受けても、内心「でも伝わってなかったら実質0回なんだから、何回しようが1回伝わらない限りは0回だよね」と思ってしまうタイプだったので。
しかし、ただのバスオタクだった頃に知り合い仲良くしてくださっているベテラン運転士さんから聞いた「実は運転士よりお客さんの方が詳しいことってたくさんあると思う。車内で立ち上がるタイミングとか両替のタイミングとか、ちゃんと心得てやってくれていると信用してみるのもいいんじゃないか」というような話によって、時間をかけて少しずつ納得して今のような思考にもっていけました。
また、仕事というものがお客さんと全力で向き合う時間ではなく、家族を養うために働く時間に変化したのも、自分の中では仕事から程よく力を抜ける良い変化でした。良くないお客さんに向き合うのをやめられるようになりました。

復帰後に、長期休暇によるブランクのための教習1日と、異動のために路線を覚える教習3日を経て、ひとりでお客さんを乗せて走るようになりもう1週間以上が経ちます。
今は心地の良いアナウンスの音量を探り、そのために発声も変えねばならないのではと試行錯誤しています。また、お客さんにとって鬱陶しくない喋りの分量も探っています。もちろん運転の試行錯誤は、以前と変わらず一挙手一投足のレベルで自然とやっています。
かつてはお客さんへの向き合い方というものも考えてつまずきすぎたところを、今はお客さんの居心地のよい環境作りに全振りして考えられている感じです。
また、お客さんとの向き合い方は我が子に教えられました。話の通じない相手にどこまで真剣になってどこで線を引くか。線を引くことが決して冷たいとか薄情とかではないこと。
感覚としては今、かなり楽です。

とはいえ、まだここまでは序の口。来週からは相棒も育休から復帰していよいよ家族全員でフル稼働します。
子は保育園、大人は仕事。どうなるかわかりませんが、やるっきゃない!


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ずんば
現状、自分の生き様や思考を晒しているだけなので全記事無料です。生き様や思考に自ら価値はつけないという意志の表れ。 でも、もし記事に価値を感じていただけたなら、スキかサポートをいただけるとモチベーションがめちゃくちゃアップします。体か心か頭の栄養にしますヾ(*´∀`*)ノ