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【コラム65】もしも根拠が必要なかったのなら

(1046文字)

おはようございます。

素顔を知らない人がいます。あなたはいつ、どこで、何を話した人ですか。


ベジしてますか?

2010年に菜食を知って、ライフスタイルとして生きるようになって、気が付けば11年。すでに12年目に入っています。
この長い年月、このライフスタイルがその時々のパートナーとの弊害になったことも多少ありますが、それ以上に繋がった御縁は、私の人生にとってかけがえのないものであります。(もちろん弊害も課題となり、自身を高めてくれる良い学びとして大切です。)

菜食が健康に良いというのは「概念」

何度も言われたことです。とにかく菜食が良いというのは、「概念」として片付けられてきました。どれだけ、私自身が健康的になって、快活に過ごしていても、過去の肥満高血圧の若い自分が、家族をはじめとして多くの人にとっては、理想の“私”だったようです。

自身の体験したことや体感がなぜ、起きているのか。
それを調べたり、学んだりすることで、見えてくるものがあると思い、先輩方からのお話や書籍など、当時さまざま調べてみました。

すると、そこに待っていた情報は、すべて理にかなっていて、筋が通ったものでした。これらの情報をもとに日々の選択を繰り返していくと、たどり着くのは菜食ではないかと感じました。

しかし、世の中でのこたえは、突然方向転換をして、何の脈絡もない突拍子もないものになっています。つまり、理にかなっていないですし、筋も通っていないのです。

それならばと、根拠をもとに話をすることにしたのですが…

「概念」だと言っていた人たちのほとんどは、そもそも根拠など必要がなく、自身の価値観に沿うか沿わないか、だったのかもしれません。

その不思議が拭えないまま、10年が経ち、世の中が無根拠の中に迷い込むことになりました。10年前の自分がこれを知ったら、何を思うだろうと考える時があります。良くなるための根拠を示しても、「概念」だとあしらわれる現代を。

『まだやっているんですか?そんなこと。よっぽど「概念」がお好きなんですね。大変ですね。』
きっと10年前の今よりも嫌味な要素が強めだった自分は、そんなことを言うだろうと思います。

今、まさに運命の分かれ道に来ています。
自分を生きたいのか、「概念」の中にいたいのか。

もしも、根拠が必要なかったのなら、その時にそう言ってくれたらどれだけ楽だっただろう。。。笑

でも、今の時代に惑わされない練習を10年前にできたことは、とても大きな恩恵として今に活きています。ありがたいことです。

心身の健康と調和をテーマに、“ベジ”を中心としたライフスタイルの提案に尽力します。