全然パンクじゃない
自分が死んだ時棺桶に入れて欲しい本はチャールズ・ブコウスキーの「町でいちばんの美女」だなと思ったことがあったよな昔、と最近あることで思い出しいやでもあの本別にそんな凄い本でもないよねよく考えると、と思い直して久しぶりに本を棚から取り出して裏にデカデカと書かれたブコウスキーの名前を見て胸が締め付けられたとしてもそれはたぶんつらい時に読んで心の拠り所みたいなもんだったからだけど内容はそんな素晴らしいものでもなかったよね、と開いて目についた一文が心底素晴らしくない文章だったけどこの人の本を私の棺桶に入れて欲しいと思った。この本はまったく素晴らしくないというかむしろその反対の人たちの無価値な会話や行動とかどうしようもないダラダラとした独り言しかなく、しかし私はこれを読んだ後も彼の他の本を探しては買って読んで彼の著書をすべて読み切った後は他に、他に誰かいるだろこんな酔っ払いがウダウダ言ってるだけの本なんて他に沢山あるだろ、ないのか?こういうのは他に、他にないのか?と探しては読んでは違うと失望することを繰り返しこの世に彼みたいな作家はこの世にたった一人、彼しかいないと思ったそういう感じだった。あと最近あらためて思ったこととして、表題作はこの本というかすべての彼の本で唯一といっていいほどちゃんとした物語チックになっていて、それはある美女の話で、どういう美女かというと自分の美しい外見ではなく自分自身を愛して欲しいと渇望してる美女で、つまり今までありとあらゆる方法や媒体で物語となってきたようなテーマで、まったく美しくない自分としてもそういう物語については美女はつらいものなんだなあと深く感じ入ったり、なるほどしかしやはり美女に生まれたかったなあと他人事だったりしたけど彼の書いた表題作における美貌ではなく自分を愛して欲しいと渇望する心優しい気性の激しい女性のどうにもならない苦痛と悲劇についてはまるごと自分のことのように思った。つまり彼女が感じていた苦しみや痛みが自分のもののように感じ、それを見ていた主人公の感情も自分のもののように感じた。本はだいたいの話においてまったく素晴らしくなく酷いものもあるがブコウスキーはきっと繊細で根が真面目で優しい人だろうと読み終わって数時間後くらいに漠然と思う。いや思わなかったかもしれないがそう思ったから彼の他の本を必死で探したりしたのではという気が今したが正直いうと覚えてない。ていうかそうでなければこんなふうには書けない。