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雑司が谷散人の街道遊歩 0602
東海道 29日目-05 2018.12.18
高山彦九郎像の向かい側に、「だん王」と刻まれた大きな標柱が立つのは、檀王法林寺。
古くから「だんのうさん」と呼ばれて親しまれた。
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そして、そしてそして三条大橋へ到着。
東海道の西の起点。
洛中と東海道を結ぶ橋。
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三条大橋西詰に、東海道中膝栗毛でお馴染みの弥次喜多像。
作品での江戸から大坂までの行程は、伊勢神宮経由ではあるが、京都まで18日程度か。
作者の十返舎一九は、京都だけは未見だったといわれる。
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三条大橋の架けられた時期は定かでないというが、北条征伐の決まった天正18年、秀吉の命で石柱の橋に改修されたとのこと。
今の橋は昭和25年架橋で、木製の欄干は昭和48年に更新されている。
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三条大橋の擬宝珠をよく見ると、小さな文字で銘文が刻まれている。
天正18年に秀吉が増田長盛を奉行として石の橋を架けさせた経緯が記されている。
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三条大橋から鴨川の流れを見る。
東京日本橋から述べ29日の旅。
出会った風景は数え切れないが、そのひとつひとつが大事な財産。
街道を歩いてこそ出会えた風景も多い。
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東海道はこれで一区切りとなるが、旅は終わりではない。
他の五街道、様々な脇往還へと歩みを進めたい。
まだ見ぬ日本の様々な風景を求めて。
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この日は蹴上からのスタート。
三条大橋でたっぷり東海道ゴールの感慨に浸るも、まだ時間はお昼。
この後、京阪電車で髭茶屋追分まで戻り、午後は京街道を歩くことに。