DV相談のお仕事
聴く、聴きとるということ①
電話のコールが鳴る。
「はい。DV相談です。」
(嗚咽)はじめのひとことが出るまで待つ。
「夫から言葉の暴力を受けていて、つらくて。」
夫と結婚して十数年、子どもはいない。夫から俺をおこらせるな、出ていけ、死んでくれと毎日言われている。夫を怒らせるような出来事があったわけではない。夫が何に怒っているのかも分からない。たぶん理由はない。夫は怒る口実を見つけただけ。そんな生活が結婚以来続いている。疲れてしまった。
最初は自分に到らない所があったのかと思った。夫の機嫌を損ねないように気を使った。でも夫の暴言は止まない。さらにエスカレートした。妻の顔を見るだけで舌打ちする。睨んでくる。
夫は外では穏やかで腰が低い人。近所では優しそうな旦那さんと言われている。でも妻にだけは暴言をはく。恋愛結婚したのに。嫌いなら結婚しなければよかったのに。どうして自分だけこんな目に遇うのか。周りの夫婦はうまくやっているのに。どうして…どうして…
同じ家に住んでいるのに分かりあえない。他人と住んでいるんだって、思えばいい。でもつらい。同じごはんを食べて美味しいねって言いたいだけなのに。同じテレビを見て笑いたいだけなのに。どうして…どうして…
彼女が泣きながら話す一語一語を聴く。ひとことも聞き漏らさないように聴く。消え入りそうな声を拾って聴く。そうですね。うん。うん。電話の向こうでは見えないだろうが、うなづき、相づちを打つ。
今の彼女に「あなたが受けているのはDV。あなたは悪くない」と言ってみても解決にはならない。彼女はよくわかっているから。「一緒に考えよう。」何を。ここまで追い詰められて、気力を無くしている彼女にこれ以上何を求める。両親はすでに亡くなっていて戻れる場所もないと言っているのに。専業主婦で自由になるお金は全くないのに。
「今日の午後から心療内科の予約をしている。でもこんな格好じゃ、行けない。お風呂も入ってない。」
「このままだと夫を刺してしまいそう。」
消えそうな微かな声を聴きとる。わかったようなふりをして聞いていても、電話を切られてしまう。どこまで本当の思いを聴きとれるか。こんなことを言ってはいけないけどという心の奥底から吐き出される声を聴く。
受診してほしい。あなたが犯罪者になってほしくない。今は身体をいたわってほしい。また話を聴くから。あなたの話を、大事なあなたの話をまたわたしが聴くから。また電話がかかってくるのを待ってるから。どうか、今は受診して少しでも、眠れるようになって。
「受診してみる。どうにか準備してみる。聞いてくれてありがとう。」
大事な大事な彼女がどうか今日一日だけでも、眠れますように。よい医療従事者とつながりますように。また電話がかかってきますように。次は少しだけこれからの話ができますように。
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