「蓼食う虫も好き好き」
<舞台裏>シリーズ No.17
かいのどうぶつえん 園長です。
貝の動物の制作現場では、毎日さまざまなエピソードが生まれています。
このシリーズでは、舞台裏の失敗談や内緒話、奇想天外な空想や徹底した“こだわり”などをチョイスしてみました。
第17回目は「蓼食う虫も好き好き」 です。
古書の街・神田の古本市で、フランスの昆虫学者ファーブルの名作『昆虫記』(1878年 第1巻発行)を購入したのは、ずいぶん昔のこと。大学生時代でした。
麻紐で十文字にくくられた全20分冊の岩波文庫版を見た瞬間、欲しくてたまらず、財布にあった仕送りのアパート代を使い込んでしまいました。
ただ、古書店があちこちからかき集めたようで、各巻の発行年代や訳者などがバラバラ。第1分冊は1955年 (昭和30)刊で、星3つの定価120円。いちばん古い第18分冊は1930年(昭和5)刊、星2つの定価40銭で、書名やキャプションなどは右から左への、旧横書き表記になっていました。
ある時、ファーブルのシリーズを貝でつくろうと思い立ちました。何はさておきトップバッターは「スカラベ」(フンコロガシ)と決め、書棚から汚れ黄ばんだ『昆虫記』を出し、埃をはらって読み直しました。
第1分冊の第1章で「聖たまこがね」と翻訳されている「スカラベ」は、コガネムシ科の昆虫。動物の糞を団子のように丸めて、後ろ向きに転がし、地面に埋めて食料とし卵を産みます。
その不思議な生態を、ファーブルは入念に観察。汚れ仕事屋の“くそむし”に感情移入して、ユーモアと愛情を織り込んで、楽しく描写しています。
スカラベの他にも、ファーブルシリーズの制作は続いています。
ずっと後の1961年(昭和36)になって、医師で作家の北杜夫が『どくとるマンボウ昆虫記』の中で「神聖な糞虫」を紹介。
また、昆虫少年として互いを認め尊敬しあっていた、北杜夫と手塚治虫との交友をゆかりとして、2013年(平成25)に『コミック版 どくとるマンボウ昆虫記』が発刊されました。
巻末の解説で、養老孟司は「虫というちっぽけな、どうでもいいものを真剣に見ていると、不思議なことに、世界がどんどん広がってしまう」と書いています。
とはいえ、室内でゴキブリやクモ、カやハエに遭遇すると悲鳴をあげ、庭や畑のアオムシ、ゲジゲジ、ハチやガを目にすると身震いする、真性の虫嫌い人間が世に溢れています。
そうした方々に、ぜひ読んでいただきたいのが畑正憲の『われら動物みな兄弟』。動物学の研究で、実験に使った動物を供養のためと称して、すべて食べたムツゴロウさんは、昆虫類の味について「皆、似たる味なり。イナゴ類を食すれば、その味、昆虫を代表すなり」と記述しています。
わが地球上には、少なくとも1000万種の昆虫が住んでいて、現在、名前をつけられているのはわずか95万種とか。地球はまさに「虫の惑星」といえそうです。
いずれにしても、虫の好悪はひとまず棚に上げて、外見が古びたり、時代遅れと思われても中身は今なお新鮮な、動植物についての古い書物たちを、じっくり読み直しませんか。
そうそう園長は、(一時期のことですが)職場でゴキブリを飼育していたことを、小声で白状しておきます。 つづく
貝は「割らない。塗らない。削らない」のスッピン勝負
「ス カ ラ ベ」 〜成分表〜
★頭部:ヒメカノコ/アカウニ ★目:スガイ
★胸部:シジミ ★胴部・羽:ムラサキインコ
★脚:ヒメキリガイダマシ/アカウニ
★糞:ツメタガイ
★大地:ホタテガイ/ビノスガイ