燗酒のつくるうえで必要なたった一つの考え方
燗酒の難しさってどこなんでしょうか。
そもそも世の中につけ方のレシピが多く存在していても、肝心な燗酒に対する扱い方の基礎にあたるものはほぼ存在していません。全ての燗に共通する考え方みたいな、これは外しちゃいけないようなもの。
そういった基礎が業界として培われないまま令和まできた結果、飲食店であっても「美味しくない」と言われる燗酒が多数提供されてきたのが現実です。そんな燗酒を飲んで苦手になった人も多いのでしょう。自分も飲食店時代に「ここに慣れてるとあそこの燗酒は苦い。旨みが少なくて物足りない。」というような声をよく聞いて悲しくなることがありました。特定の流派に師事した燗酒はそういうことが多いですね。
今回はやる人は自然とやってきた、でも明文化されてこなかったこの土台部分について書いていきますよ。どうぞお付き合いください。
美味しい燗酒の正解は無いが、美味しくない燗酒は明確に存在する
たとえば肉ひとつとってもソテーや低温調理などそれぞれ美味しい調理法があるように、ひとつのお酒でも美味しくなるつけ方は様々でしょう。
それこそ、同じお酒でもつける人の解釈によって燗酒の味わいは大きく変わり、「美味しい」もそれぞれ異なります。
ですがアルコール感や苦味などネガティブ要素が目立つ、味わいのまとまりが無いなど、共通して美味しくないと感じる状態はあるでしょう。もちろんお店レベルを求めるのであれば、です。
そもそも人間はある程度温度が高いと液体を飲むとおいしく感じやすいように出来ているといわれています。それが体温±25〜30℃なので、燗酒で言うならば60℃〜65℃くらい。
温度が美味しいこととお酒が美味しいことがごっちゃになってしまい、燗酒そのものの出来に注目できてこなかった人が多いのではないでしょうか。
「温度を5℃ずつ上げながら試す」は間違い
少しずつ温度を上げながら試していくこのやり方。
確かに温度によって変わる味わいを大まかには掴めます。
ただこのときに良いと思った温度がそのまま美味しい状態かと言われると、自分は「No」と答えます。
というのも、この作業は「お酒の特徴を掴むため」に適しているのであって、「そのお酒に合ったつけ方を見つける」ことには向いていないからです。料理に例えるならばこれは「その食材の味わいや調理特性について調べる」行為にあたるでしょう。
特徴を掴んだうえで、「美味しくするためにはどういうつけ方をしたら良いのか」を考えなければいけないんですね。
だから温度を上げながら試飲して見つけた温度が美味しいとは限らないのです。
燗の考え方 ver.やまもと
お酒をどう捉えるか
では美味しい味わいを作るためにはどういうつけ方をしたら良いのか。
こう言われると、燗はまさに料理といっても良いでしょう。
自分自身のお酒の捉え方もまさしくこれで、食材や料理にイメージを合わせて燗酒をつけることが多いです。あとはどんな味わいに作り上げたいかという意思が重要になります。
自分の目指す燗酒の味わいは「お酒だけで満足できるような、ジューシーで濃密かつ柔らかい味わい」です。
これを成立させるためにイメージする食材や料理は
「にんじん」と「親子丼」
の2種類。
特に、にんじんに関する考え方は自分だけでなく、どのスタイルの燗酒への考え方としても非常に重要です。今日はここだけでも覚えて帰ってくださいね。
「そのお酒が柔らかくなるまで煮込む」こと
アルコール感が強い、口当たりがシャープで硬く感じる、などの荒い印象の味わいになっているのをよく見かけます。適温を超えて加熱している場合もありますが、原因の多くは「その酒の適温付近で十分な煮込みをしていない」に尽きます。
先ほどにんじんを例えに出しましたが、にんじんを加熱する際ににんじんの温度が上がってもすぐには甘く柔らかくならないのと同じで、酒の場合もある程度の加熱時間を設けないと荒さの取れた味わいにはなりません。
例える食材はもしかしたらじゃがいもなどの根菜類や、生米でも良いかもしれませんね。
また酒の温度が上がってすぐ、特に50℃後半を超えてからはアルコールや酸の主張が一旦は強くなり荒さを感じますが、この煮込む工程を経ることでその温度に「馴染んだ」状態に仕上がります。この馴染んだ状態に持っていくことが1番重要とも言えます。
温度を上げてすぐの状態では生焼けの硬い状態ですし、まとまってないからといってより高い温度を目指すとパッサパサの辛い印象になってしまいます。世の中の燗の多くはこの状態が多く見受けられますね。その方々の美味しいと思った温度はおそらく間違ってないのでしょうけど、適切な処理を行えればもっと美味しくなるはずです。
使用する酒の旨味の印象や酸の強さ、熟成期間の長さ、開けてからの期間などによって煮込む時間の長さは大きく変わってきます。モダンな日本酒でフルーティーさやガス感を活かしたい場合を除いては、ある程度の時間「温度を上げすぎないで加熱し続ける」ことを意識すると良いでしょう。
燗冷まし「が」美味しいは失敗作
〜℃に上げた後〜℃まで落とした燗冷ましが美味しい、というコメントをたまに見ることがあります。
「煮込む」という考え方から見ると、このコメントは「出来上がった高い温度の状態では加熱が不十分で、余熱で調理が進んで温度が下がった頃に馴染んだ」と解釈します。
ローストビーフのような酒を目指しました!という場合はすみません。正解です。
その低い温度で初めて飲む、飲ませる場合は良いと思います。
ただ高い温度で提供して後からこれを言われた場合は別です。
お酒の解釈は様々でしょうが、特に提供側としては「中途半端なものを出しました」というフィードバックとも思うので、そうしたレシピで提供している場合は見直した方が良いのでは?とは思います。
もう一段上の柔らかさを目指す
ここからはもう一つのイメージ「親子丼」について。
煮込むイメージをベースにして、よりジューシーな味わいを目指す工程です。
先程の煮込み工程とは違い、こちらは「自分らしい燗の味を出す」ために行っています。
イメージする親子丼は、しっかり加熱した硬めのものではなく、とろとろジューシーな半熟タイプ。このレシピののような作り方ですね。
ポイントは卵液を2回に分けて入れているところ。
燗酒に置き換えると、最終的に作る量の2/3〜3/4くらいでしっかりと味わいの土台を作ったうえで、残った分を後から足すことでとろとろジューシーな味わいを生み出せるイメージです。
実際の工程としては、適温で作ったベースに常温(冷酒)を足して、もう一度その温度付近に戻します。
シンプルに一回で作ろうとすると、柔らかい口あたりだとしてもキレのある印象になります。そのため、後から足して甘味や旨味を補完することで柔らかさとジューシーさ、後味のキレのバランスと狙えるようになります。
フルーティー系旨味系に関わらずほとんどの場合で使用出来る小技なので、気になる方は試してみてくださいね。
おわりに
これらの考え方はもちろん自分だけで考えついたものではなく、飲みに伺わせていただいた燗酒のお店の方々のつけ方を参考にした部分や、以前勤めていた焼き鳥屋の調理法をイメージしたものも多くあります。
「なぜこうなったのか」「こういった操作をしたらこんな味になった」というような思考を、燗酒をつける方々がもっと論理的・科学的に行えるようになっていくと、燗酒へのイメージがもっと良くなるかもしれませんね。
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