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LIGHT YEARS [長編小説] PART-2:伝説の夏

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女子高校生5人のフュージョンバンド「The Light Years」が駆け抜けた、10ヶ月の物語。2023年夏に完結させた、187話・115万文字に及ぶ長編小説のうち第2部です。
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#ライトノベル

Light Years(43) : "THE LIGHT YEARS"

 ミチル達がステージに上がろうとすると、階段手前で運営スタッフのお兄さんに「待ってください」と一旦止められた。ステージを見ると、司会のお姉さんがリアナ達と何か話し合って、リアナ達がお辞儀をして袖に歩いてくる。場をもたせてくれた礼を言われたのだろう。  戻ってきたリアナ達に、ミチル達はご機嫌取りも含めて、きちんと聴かなかった演奏に「良かったよ~」「お疲れ様」「ありがとう」などと述べておいた。すると、サトルが何やらニヤニヤしながら「どって事ねっスよー」と返してきた。キリカとアオイ

Light Years(44) : Forgotten Saga

 市民音楽祭のラストでアンコールが起こるというのは、信じ難い事ではあるものの、数十年の歴史の中で初めてだという。しかもプロではなく、女子高生のフュージョンコピーバンドである。深いお辞儀のあと、袖に引っ込んだミチルたちを迎えたのは、労いの言葉ではなくオロオロするスタッフだった。  予定では、生演奏は19時5分あたりを目処に終了し、あとは静かなジャズ等のBGMを流して、20時で音楽祭全体が終了という流れである。  だが、今こうして二度もアンコールが起きている。ミチルたちは楽屋にへ

Light Years(45) : Interlude

 驚くほど静かな日だった。ミチルは、午前10時ごろに自宅のベッドで目を覚ました。何か夢を見た気がするが、思い出せない。とにかく、全身に疲労がのしかかっている。  ふいに、カーペットに投げ出されたスマートフォンが点滅しているのに気付いて確認すると、市橋菜緒先輩からのメッセージが届いていた。 『今日はお疲れ様。素晴らしい演奏でした。挨拶に行きたかったけど、部活のみなさんの手前、遠慮しました。ゆっくり休んでね。』  今日?ミチルは、ふと気付いた。そうだ、自分たちは音楽祭に出演した。

Light Years(46) : NAB THAT CHAP!!

 ごく普通の住宅街のコンビニに、パトカーと黒塗りスモーク窓のセダンが同時に停まって、警官2人とグラサン黒服がそれぞれ飛び出してコンビニに駆け込むのを見れば、誰だって焦るだろう。状況を一番理解しているミチル自身がそうなのだから。 「大原様、ご無事ですか」  現在、店内で最も不審な人物の小鳥遊さんはミチルに駆け寄った。ATMを操作していたおばさんがギョッとして黒服の人物を見る。一方、警官は通報した男性店員に確認を取っていた。 「通報されたのはあなたですか」 「はい。そちらの女性の

Light Years(47) : After Tonight

 その日は、ミチルに引っ切り無しにLINEや通話、電話が入ってきた。多くは安否を気遣うものだったが、一人だけ物騒な人間がいた。他の面子がデジタル通信機器を利用している中、そいつだけは究極のアナログ通信手段を用いてきた。 「おじさん、ミチルいますか!!」  そう、フュージョン部のギタリスト折登谷ジュナは、生身でミチル宅にバッグを背負って現れたのである。右肩には金属バットをかけている。よくここまで職質を受けずに来られたものだと思ったら、あとで聞いた所によると2回受けたらしい。  

Light Years(48) : Musician

 ゆうべ、ミチルとジュナはお笑い特番で遅くまでゲラゲラ笑っていたのだが、マヤから10時すぎに「明日取材なんだから早く寝ろよ!」というメッセージが届いたため、我々人類は監視されているという結論に達した二人はおとなしく寝る事にした。  目が覚めて、ベッドの下に友人が寝ているというのは妙な気分である。二人はスマホのアラームで目覚めると、ゾンビのような表情と足取りで朝の何やかんやを片付け、ミチルの部屋で朝食をとっていた。 「取材って、なに訊かれるんだ」 「さあ。音楽祭のことじゃない

Light Years(49) : クロス・オーヴァー

 どんな取材が行われるのかと思っていたら、編集者の京野美織は先に取材の謝礼について説明した。 「謝礼なんていう額ではない、申し訳程度の金額だけど。部費として顧問の竹内先生にお渡ししたので、あとでご確認ください」  のちに確認したところ、それは本当にささやかなものではあったが、それでもミチル達はたとえ高校生相手でも、子供扱いしない態度を印象的に思った。    取材の初めは、ごく無難な内容だった。1年生、2年生それぞれの名前と楽器のパート。フュージョン部の大まかな沿革と、現在の主

Light Years(50) : STYLE

 その後、レコードファイル誌の編集の二人は、最近のフュージョン部の活動だとかについて質問を重ねたあと、廃部の危機と部員勧誘の一連の出来事にいたく興味をそそられたようだった。 「その話、とても面白いわ。差支えなければ、文章化して何回かに分けて掲載してもいいかしら」 「えっ!?」  ミチルは、さすがにこの話にはマヤの意見を訊かずにはいられなかった。マヤも多少、困惑の色を浮かべている。マヤは、ミチルの気持ちを察したのか、代わって答えてくれた。 「たいへん面白い申し出だとは思いますが

Light Years(51) : 11:58

「お待たせいたしましたー。オリジナルブレンドコーヒー、マンデリンです」  ミチルの張りのある声が、純喫茶・ペパーミントグリーンの古風な空間に響いた。落ち着いた赤いレザーの椅子に腰を下ろした中年の男女が、見かけない若いウェイトレスの立ち去る姿を見送る。埋め込まれたタンノイのスピーカーからは、コルトレーンが流れていた。  カウンター越しに、マスターのハジメ叔父さんから声がかかった。 「ミチル、ナポリタンとピザトースト」 「はーい」  キッチンから出された皿をトレイに載せ、ビクトリ

Light Years(52) : Night-LINEs

 ミチルは、マヤが自分の仮音源に不満を抱いているのがよくわからなかった。お世辞抜きに、よくまとまった良曲だと思う。  だが確かに言われてみると、主旋律をEWIで吹いてみた時に、ごくわずかに物足りなさを感じる事はあった。ところが、それが何なのかわからない。何かが足りないのはわかる。  その夜は、翌日も喫茶店でのアルバイトが控えている事もあり、課題は後日ということにしてひとまず床に入った。  その日の喫茶店「ペパーミントグリーン」は、前日よりも客の入りが多かった。ミチルもジュナ

Light Years(53) : Dream Code

 大原家のお盆は、ミチルが幼い頃は親戚が集まる事もあったのだが、近年はごく近い親戚と一緒に墓参りをして終わるパターンだった。  毎年見ている、線香の煙たなびく墓参りの風景だ。そういえば昨夜のテレビで紹介されてたが、東北の一部では賑やかな料理の折り詰めをお墓に供えるらしい。 「ミチルが音楽祭で大活躍したの、きちんとご先祖様に報告したからな」  何ヶ月ぶりかに会った祖父が、誇らしげに胸を張った。 「そういえば、お爺ちゃんも昔出たんだっけ」 「ああ。まだ、今みたいな規模じゃない時代

Light Years(54) : ステファニー

 デモ音源は、その日はとりあえず2曲収録できればノルマ達成という事になった。映画撮影用には、5曲用意する予定である。  だが、正午近くなって、2曲なんとか録音し終えたところで、薫が渋い表情をしていた。 「なんかまずい箇所あった?」  ミチルが、ペットボトルのポカリを飲みつつ薫と一緒にDAWのウィンドウを覗き込む。デモ音源なので、手抜きをしてステレオ録音である。 「まずい箇所っていうか」  薫も、カフェインすくなめジャスミンティーを一口飲んでミチルに向き直った。 「逆だよ。良す

Light Years(55) : MEN IN BLACK

 8月下旬の某日午前9時すぎ、フュージョン部2年生の5人”Light Years”のメンバーは、建設会社・千住組の小鳥遊龍二氏が運転する、6人乗りのドイツ製ワゴン車で移動していた。 「小鳥遊さん、いつもサングラスかけてて素顔見た事ないよね」  メンバーももういいかげん馴染んできて、ミチルは2列目の左席から小鳥遊さんの横顔を見た。小鳥遊さんは小さく笑う。 「いずれお見せしましょう」 「おー、楽しみ。クレハ、どうなの。イケメン?」  すると、助手席のクレハも笑う。 「さあ、どうか

Light Years(56) : Roots Revisited

 フュージョン部3年生男子、田宮ソウヘイは大学入試に向けての勉強中、後輩でギターの弟子である折登谷ジュナから送られてきた、LINEメッセージに困惑と同情と爆笑を禁じ得ずにいた。 『ちょっと契約関係でゴタゴタがあって、映画出演はナシになりました。写真はその帰りに、ファミレス前の国道に落ちてたチクワです。』  トーク画面にメッセージとともに表示されていたのは、アスファルトの上に横たわる1本のチクワの写真だった。なぜアスファルトにチクワが。ソウヘイはTMネットワークの名曲、"Get