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寒い冬の朝食に、ぬるいコーンスープを飲む話

「まだねてたいよ〜」

こぢんまりと膨らんだ羽毛ぶとんから、くぐもった声が聞こえる。
きなり色のふとんからは、ちいさな頭が覗いていた。
音を立ててカーテンを開くと、山がごそりと動く。
窓から薄く差し込む1月の日差しは、3歳の娘の髪の毛をきつね色に輝かせた。

リビングは暖房入れてるから暖かいよ。

そういうと、「こっちのほうがあったかいの〜」と、山はちいさく動きながら返してくる。

わかる。私も30分前までは同じだった。
1月に入り、朝がぐっと冷え込むようになった。
これまで娘は、シャキッと起きて、朝ごはんができるまでおもちゃで遊ぶことが常だった。けれどこの冬から、すっきり起きることができない日が続いていた。


今日はね、新しい朝ごはんがあるよ。

「あたらしいの?なに?」

ふとんの中から聞こえる声は、しっかりと期待を含んでいる。

黄色くて、甘くて、あったかい、とうもろこしの飲みものだよ。

言い終わるまで急かすように相づちが続き、最後に「え?とうもろこし?なに?」と聞こえた。
ふとんに隠れて見えないけれど、娘は今、眉をひそめてむっとした顔をしている。その顔を想像して、口元がゆるむ。


正解はね、コーンスープだよ。


「こーんすーぷ!」

ばさり、ふとんが音を立てる。

ひょっこり顔を出し、目をまんまるにする娘。
たっぷりと蓄えたふとんの熱にあてられ、白い頬にぽっと赤みが差していた。



ちいさな両手で、赤いマグカップを包み込む。

「あったか〜い!」

見下ろすように覗き込んだ目に、黄色いコーンスープが映る。
ふわふわと漂う湯気に、ふう、と息を吹きかけた。ゆらりと揺れたそれは、娘の鼻先に優しく触れる。

「いただちまーす!」

ず、と音を立て、一口すすった娘の肩が、びくりと跳ねる。
すぐにマグカップから口を離し、うう、ともらす。

「あつかった〜」

口に薄く八の字を作り、顔を歪める。
目元にじわりと涙が浮かぶ姿は、3年間毎日見ていてもその度に慌てる。

熱かった?ごめんね。牛乳入れてみる?

そう聞くと、ぱあ、と顔が輝く。
娘は、大きくかぶりを振ってうなずいた。



とく、とく、とく。

小さな体を屈めて、カップのふちの高さまで目線を落とす。
細く緩やかに落ちてゆく牛乳を見つめていた。

ストップって言ったら入れるのをやめるね。
そう言った手前、カップのふちまで牛乳を入れることになった。

なみなみの、牛乳で薄まったぬるいコーンスープ。
水面が艶やかに光る様子を見て、わぁ、と小さくもらした。
ゆっくりと持ち上げて、ぐび、ぐび、と半分ほど一気に飲む。

「ぷ、はー、おいしーい!」

唇の上には、すこし黄味がかった白いヒゲが、うっすらと乗っている。

いい飲みっぷりだね。ビールのCMが来るかもね。
思わず笑いながら言うと、娘はむっとした顔を私に向けた。

「ビールじゃないの!こーんすーぷなの!」

あちこちに跳ねた髪の毛を揺らして、ぷい、顔をそらす。

そうだね、こーんすーぷだね。
熱いの大丈夫そう?ぬるい?

跳ねた髪の毛を、手のひらで撫でる。
そっぽを向いていた娘が、くるりと振り返る。
少し前まで赤かった頬は、すっと白く透き通っていた。

「娘ちゃん、ぬるいこーんすーぷ、だーいすき!」

ふとんの中でまどろんでいたのが嘘のようだ。窓からの光に薄く縁取られた娘は、両手でマグカップを包み込み、残りのコーンスープを飲みほした。



ひとくち飲むとじんわりと温まる、冬のスープが好きだ。
ゆっくり体温が上がって、やさしく手を引かれるように目覚めてゆく。
包まれるようなあたたかさが恋しくなって、一年振りに、スーパーでコーンスープを手に取った。

娘は、あの甘いあたたかさにどんな顔をするのか。そう思って、私は期待に胸が高鳴った。

ことのほかスープの温度は下がったけれど、たっぷりとヒゲを蓄えた姿を見て、寒い朝の心はほろりと溶けた。

結局、娘がおいしそうに飲んでくれれば、なんだっていいのだ。
なみなみの、牛乳で薄まったぬるいコーンスープだっていい。
娘が「おいしい」と笑ってくれれば、なんだって。


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にわのあさ
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