寒い冬の朝食に、ぬるいコーンスープを飲む話
「まだねてたいよ〜」
こぢんまりと膨らんだ羽毛ぶとんから、くぐもった声が聞こえる。
きなり色のふとんからは、ちいさな頭が覗いていた。
音を立ててカーテンを開くと、山がごそりと動く。
窓から薄く差し込む1月の日差しは、3歳の娘の髪の毛をきつね色に輝かせた。
リビングは暖房入れてるから暖かいよ。
そういうと、「こっちのほうがあったかいの〜」と、山はちいさく動きながら返してくる。
わかる。私も30分前までは同じだった。
1月に入り、朝がぐっと冷え込むようになった。
これまで娘は、シャキッと起きて、朝ごはんができるまでおもちゃで遊ぶことが常だった。けれどこの冬から、すっきり起きることができない日が続いていた。
今日はね、新しい朝ごはんがあるよ。
「あたらしいの?なに?」
ふとんの中から聞こえる声は、しっかりと期待を含んでいる。
黄色くて、甘くて、あったかい、とうもろこしの飲みものだよ。
言い終わるまで急かすように相づちが続き、最後に「え?とうもろこし?なに?」と聞こえた。
ふとんに隠れて見えないけれど、娘は今、眉をひそめてむっとした顔をしている。その顔を想像して、口元がゆるむ。
正解はね、コーンスープだよ。
「こーんすーぷ!」
ばさり、ふとんが音を立てる。
ひょっこり顔を出し、目をまんまるにする娘。
たっぷりと蓄えたふとんの熱にあてられ、白い頬にぽっと赤みが差していた。
◇
ちいさな両手で、赤いマグカップを包み込む。
「あったか〜い!」
見下ろすように覗き込んだ目に、黄色いコーンスープが映る。
ふわふわと漂う湯気に、ふう、と息を吹きかけた。ゆらりと揺れたそれは、娘の鼻先に優しく触れる。
「いただちまーす!」
ず、と音を立て、一口すすった娘の肩が、びくりと跳ねる。
すぐにマグカップから口を離し、うう、ともらす。
「あつかった〜」
口に薄く八の字を作り、顔を歪める。
目元にじわりと涙が浮かぶ姿は、3年間毎日見ていてもその度に慌てる。
熱かった?ごめんね。牛乳入れてみる?
そう聞くと、ぱあ、と顔が輝く。
娘は、大きくかぶりを振ってうなずいた。
◇
とく、とく、とく。
小さな体を屈めて、カップのふちの高さまで目線を落とす。
細く緩やかに落ちてゆく牛乳を見つめていた。
ストップって言ったら入れるのをやめるね。
そう言った手前、カップのふちまで牛乳を入れることになった。
なみなみの、牛乳で薄まったぬるいコーンスープ。
水面が艶やかに光る様子を見て、わぁ、と小さくもらした。
ゆっくりと持ち上げて、ぐび、ぐび、と半分ほど一気に飲む。
「ぷ、はー、おいしーい!」
唇の上には、すこし黄味がかった白いヒゲが、うっすらと乗っている。
いい飲みっぷりだね。ビールのCMが来るかもね。
思わず笑いながら言うと、娘はむっとした顔を私に向けた。
「ビールじゃないの!こーんすーぷなの!」
あちこちに跳ねた髪の毛を揺らして、ぷい、顔をそらす。
そうだね、こーんすーぷだね。
熱いの大丈夫そう?ぬるい?
跳ねた髪の毛を、手のひらで撫でる。
そっぽを向いていた娘が、くるりと振り返る。
少し前まで赤かった頬は、すっと白く透き通っていた。
「娘ちゃん、ぬるいこーんすーぷ、だーいすき!」
ふとんの中でまどろんでいたのが嘘のようだ。窓からの光に薄く縁取られた娘は、両手でマグカップを包み込み、残りのコーンスープを飲みほした。
◇
ひとくち飲むとじんわりと温まる、冬のスープが好きだ。
ゆっくり体温が上がって、やさしく手を引かれるように目覚めてゆく。
包まれるようなあたたかさが恋しくなって、一年振りに、スーパーでコーンスープを手に取った。
娘は、あの甘いあたたかさにどんな顔をするのか。そう思って、私は期待に胸が高鳴った。
ことのほかスープの温度は下がったけれど、たっぷりとヒゲを蓄えた姿を見て、寒い朝の心はほろりと溶けた。
結局、娘がおいしそうに飲んでくれれば、なんだっていいのだ。
なみなみの、牛乳で薄まったぬるいコーンスープだっていい。
娘が「おいしい」と笑ってくれれば、なんだって。