3歳の娘に、嵐の活動休止を伝える話
2020年12月のクリスマス前。
3歳の娘は嵐の”相葉くん”に、たぶん初恋をした。
それは嵐が活動休止する、約10日前のことだった。
◇
12月25日、嵐が出演する歌番組があった。
番組の遅い時間に出演するため、放送当日は見ることができない。
録画を条件に、娘はベッドへ寝転んだ。
「明日の朝、あいばくんの歌みるの、たのしみだよね〜」
そう言と、娘は、ふう、とため息をついた。
娘を見ると、何もない天井をまっすぐに見上げていた。
ぱちり、とまばたきをする度、その目は小さな光を放つ。
あごの下までふとんを引き上げる手は、きゅっと丸まっていた。
きっと娘は今、記憶の中の″相葉くん″に思いを馳せているのだ。
その横で私は、今日の娘を思い返す。
「娘ちゃん、あいばくん、ここ(リビング)に来て欲しいんだよね」
「あいばくん、ブロックで電車つくってくれるから、娘ちゃんがいちごのアイスクリームをあげようかなって思うんだよね」
「あいばくん、すちやち食べてたから(CM)、今日は娘ちゃんもすちやちがいいんだよね」
娘の日常にも、空想にも、すっかり″相葉くん″が溶け込んでいた。
「あいばくんがね、」と話し始める娘は、いつもきらきらとしている。
その数日前まで見たことがなかった顔を、何度だって見たいと思ってしまう。
薄暗い部屋に、ぼんやりと浮かぶ娘の白い頬を指で撫でる。
娘がみる夢に、ひょっこり彼が現れますように。
そう願いながら目を閉じた。
◇
翌日、朝ごはんを急いで食べ終えた娘は、ソファに座って正面からテレビを見る。録画していた歌番組を再生する。
きらびやかな衣装をまとった嵐がステージに立つと、娘はテレビの前に駆け寄って張り付いた。
”相葉くん”が映ると、「あいばくん!あいばくん!」と指差す。
テレビはすぐに娘の指紋だらけになった。
他のメンバーが映ると「あれ?」と首をかしげるので、彼らの名前を教えた。
嵐は、5人で嵐っていうグループなんだよ。
このひとは、二宮くん。
「にのみやくん」
このひとは、櫻井くん。
「さくらいくん」
このひとは、大野くん。
「おおのくん」
このひとは、松潤。
「まちじゅん」
その後も、何度か小さく口に出して確認していた。
「おのくん?おおのくん。にのみやくん、さくらいくん、まちじゅん、あいばくん!」
「さくらいくんの、さくら、は、お花のさくらと一緒だよねえ」と言うので、そうだよ、とうなずく。
「どうしてまちじゅんだけ、くん、ないの?」と聞かれ、ニックネームだからだよ、と答えた。
何度も見たがったので、巻き戻しては再生した。
目が悪くなるから、テレビから離れて見てね。
その言葉ばかり繰り返した。
◇
5度目の再生を始めたとき、やっぱり伝えようと思った。
12月31日に、嵐は活動を休止することを。
休止すると、5人で歌う姿をテレビで見る機会がぐっと少なくなること。
そして、12月31日は、あと数日で訪れること。
歌い終わり、娘に向かって手を振る5人。
停止ボタンを押すと、娘が振り返る。
◇
伝える前に、できるだけ前置きをした。
言葉の意味を説明して、カレンダーを持ち出した。
ある程度、うん、うん、と聞いたところで切り出した。
娘ちゃん、相葉くんがいる嵐、あともう少しで5人で休憩に入るよ。
5人で歌を歌ったりはしなくなるんだよ。
そう伝えると、口を開けてぽかんとしていた。
伝わらなかったかな、もう一度、ゆっくり話す。
しばらく話をしていると、娘の口は一文字にきゅっと結ばれた。
あ、と思ったと同時に、それはみるみるつり上り、八の字へと歪む。
「あるの!!」
娘の声が、耳をつんざく。思わずのけぞった。
「あいばくんは、あらしはみんな、CMとかテレビにたくさんあるから、あるの!」
力を入れた眉間、目元にじわりと涙が浮かぶ。
潤んだ瞳は、リビングライトの光をくるりと反射した。
「もうお歌しないなんて、言わないで!!」
目元を真っ赤にしながら怒りをぶつける娘を、ごめんね、あの、もう少し聞いて欲しくて、と慌てて撫でようとした。
娘は、その腕を力いっぱい振り払い、私から離れておもちゃのブロックで遊びはじめた。
かちゃり、かちゃり、と小さな音を立てる後ろ姿を、しばらく見つめた。
◇
休止までの残り少ない時間を、大切に過ごしてほしい。
31日のライブ配信のチケットは、えいや!と買った。こんな、好きの深さも時間も足りない、ファンだと自称することもはばかられる親子だけど。
できれば、きっとその時に伝えられる「またね」を、わかったうえで迎え入れてほしい。
そう思っていたけれど、気持ちを押し付けただけかもしれない。
娘が言うように(娘のいう意味とは違うだろうけど)、嵐が活動を休止したとしても、人気者の”相葉くん”はたくさんテレビに出るだろう。
けれど、娘がはじめて”相葉くん”に目を輝かせた、「今」の5人で立つ歌のステージは、もう、しばらくは見ることができないのだ。
知らないうちに、嵐が5人で揃う姿を見ることが少なくなって、なんとなく、娘が「すき」になった5人で歌う嵐の”相葉くん”の記憶が薄れて、たったひとり”相葉くん”だけが残るのは、なんだか、寂しいと思ってしまったのだ。
わかっている。寂しい、なんて思うのは、私のエゴだ。
けれど、たった数日前だけど、その日から毎日娘のまなざしの先にいた、嵐の”相葉くん”。
たくさん笑顔をくれて、娘のかわいくっておもしろい姿をたくさん見せてくれた。
でも、もう本当は、娘の隣で嵐を見ていた私が、彼らの休止前最後のライブを見たくなってしまったのかもしれない。
そして、世界中が苦しんだ2020年を、たった10日で、私にとって、あたたかで、忘れられない2020年に塗り替えてくれた嵐の”相葉くん”に、心から「ありがとう」と伝えたいのだ。
◇
12月30日、活動休止まで48時間を切った。
一度休止のことを伝えてからは、話題に出さないようにしていた。
だって、娘を傷つけたいわけではないのだ。
あのときの怒ったような後ろ姿を見て、成長しながらだんだんと知っていくのも良いかな、と思った。
思っていたけれど、何回目かのライブ映像を見ていた娘がつぶやいた。
「娘ちゃん、これ、ここに行ってみたあい」
どきりとした。
また傷つけてしまったらどうしよう、と思いながらも、少しずつ、話すことにした。
嵐が、5人でお歌を歌うのを休憩するって言ったの、覚えてる?
「うん、みんなでお歌しなくなるって、かか言ってた」
まっすぐ私をみて言うものだから、驚いた。
そこからは、見違えるほどすんなり話ができた。
娘は娘なりに、あれから受け入れる準備をしてきたのだろうか。
少し背伸びをして、わかった風にうなずいているだけかもしれない。
けれど今は、その「わかりたい」という気持ちを信じたい。
あと、1回夜に寝て明日になったら、嵐は休憩に入っちゃうんだよ。
「そっかあ」
娘はそうつぶやいた後、「悲しいよねえ」と言って私の顔を覗き込む。
慰めるような語尾に、私が悲しそうな顔をしていたのだと思い至る。
慌てて、頭を振る。
私がそんな顔をしてはいけない。
明日で嵐はお休みに入るけど、次に5人でまたお歌を始めたら、一緒にお歌を聞きに行こう。ライブを見に行こう。
「それって、ワンワンわんだーらんど(子ども向けステージ公演)みたいなやつ?」
そうだよ、テレビじゃないところで、相葉くんとかが歌ってるのを見るよ。
「えー!!」
驚きに目を開き、けれどすぐに口に手を当てて目をとろんと垂らしながら、くふふ、と笑う娘。
「じゃあ、娘ちゃんがらいおん組さんから、あか組さんになったら?あいばくん、嵐する?」
まるで、”相葉くん”を見るような目で、私を見つめてくる。
いつまたお歌を歌うかは、嵐のみんなが決めるんだよ。
でも、いつになっても、娘ちゃんと、かかと、ととの3人で行くことにしようか。
「えー!!」
もう一度驚いたあと「それって、楽しみだよねえ」そう言いながら、また肩を揺らして笑う。
そう、そんな期待を込めた約束をしたって、きっと良いのだ。
たとえそれが、10日前に、嵐の”相葉くん”に初恋をしたかもしれない、3歳の女の子だったとしても。