千三百六十八段
「ほら、手、つなご」
膝に手をついた私の肩あたりに、娘が左手を差し出している。
呼吸を整えながら、ちらり、と顔を見る。
恥ずかしそうに、唇がツンと上を向いていた。
ぎゅっと繋いだ手は、私が知っている娘のそれではなかった。
すらりと長い指、やすりで丁寧に整えられた爪、薬指にはシルバーのリング。
もっと小さくて、ほら、この参道の横に広がる紅葉の葉っぱみたいじゃなかったっけ。
この手を掴むのは、何年ぶりだろう。
来春結婚する娘とふたり、香川県の金刀比羅宮に来た。
奥社である厳魂神社まで、千三百六十八段の階段を登る。
長く苦しい道のり。
終わりが見えない。
何のために登っていたのか、わからなくなる。
まるで人生。
ぐい、と手を引かれる。
「お母さん、頑張って」
それでも、たまに、こうやって手を握ってくれるならば。
娘の手を、もう一度力強く握り返して弥立つ。
ここはまだ、道半ば。
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