シェア
にわのあさ
2024年11月6日 15:32
朝日とともに窓から入る風が、一瞬するどく腕をなでる。家々の隙間に見える山の一部が秋めいていて、クローゼットから深い赤色のニットを出す。 行ってきます、と手を振った娘のはねるポニーテールと、「交通安全」の黄色いカバー。もう半年で進級だなんて、娘が産まれてめまぐるしく過ぎる日々は、ただひたすらに駆け抜けてゆく。 教室の後ろから、まっすぐに黒板を見る瞳を、ぴんとのばした腕を見る。たった数年前の、は
2023年8月13日 23:15
ためらいがちに鳴った引き戸の音に、本を閉じた。夏の静かな夜、ダイニングテーブルに置いた読書灯だけがぼんやり揺れる。影と光の境目に置いたマグカップの縁は、かすかな光を集め細く弧を描いていた。おずおずと開いた戸から、6歳の娘が顔を出す。ちら、と時計を見て、ばつの悪そうな顔をした。寝れないのと問うと、何も答えずスンと鼻を鳴らす。そのままぺたぺたと足音を立てそばに来ると、私の膝にトン、と座った。向
2023年7月24日 21:02
黄昏時、蝉の幼虫が木を登っていた。見つけた娘はあっと声をあげてかけよると、鼻先がくっつきそうなほど顔を近づける。蝉の幼虫が驚いて、鎌のような前足を娘に振り下ろさないかと僅かに慌てつつ、そんなことあるわけがないと己の心配性にため息を吐く。遠くから、沈みかけの太陽が娘の短い髪や頬、木々の輪郭を淡く光らせていた。娘に顔を寄せると、梅雨明けの湿った土と汗の匂いがする。頭上に蝉の声が矢のように注ぐ