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きみのおめめ

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きみとわたしの目線の先のものたち。
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#子育て

秋の参観日

秋の参観日

 朝日とともに窓から入る風が、一瞬するどく腕をなでる。家々の隙間に見える山の一部が秋めいていて、クローゼットから深い赤色のニットを出す。
 行ってきます、と手を振った娘のはねるポニーテールと、「交通安全」の黄色いカバー。もう半年で進級だなんて、娘が産まれてめまぐるしく過ぎる日々は、ただひたすらに駆け抜けてゆく。
 教室の後ろから、まっすぐに黒板を見る瞳を、ぴんとのばした腕を見る。たった数年前の、は

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きみのおめめ 眠れない夜 #32

きみのおめめ 眠れない夜 #32

ためらいがちに鳴った引き戸の音に、本を閉じた。
夏の静かな夜、ダイニングテーブルに置いた読書灯だけがぼんやり揺れる。影と光の境目に置いたマグカップの縁は、かすかな光を集め細く弧を描いていた。
おずおずと開いた戸から、6歳の娘が顔を出す。ちら、と時計を見て、ばつの悪そうな顔をした。
寝れないのと問うと、何も答えずスンと鼻を鳴らす。そのままぺたぺたと足音を立てそばに来ると、私の膝にトン、と座った。

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きみのおめめ 夏の日 #31

きみのおめめ 夏の日 #31

黄昏時、蝉の幼虫が木を登っていた。
見つけた娘はあっと声をあげてかけよると、鼻先がくっつきそうなほど顔を近づける。
蝉の幼虫が驚いて、鎌のような前足を娘に振り下ろさないかと僅かに慌てつつ、そんなことあるわけがないと己の心配性にため息を吐く。
遠くから、沈みかけの太陽が娘の短い髪や頬、木々の輪郭を淡く光らせていた。
娘に顔を寄せると、梅雨明けの湿った土と汗の匂いがする。
頭上に蝉の声が矢のように注ぐ

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