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2018年度後期民法C[債権総論・担保物権]沸騰シケタイ

 ブラジル在住のX は、往年のスターY が埼玉県の巨大アリーナ施設で10 月17 日に開催するライブのチケット(1 万円)を購入した(XY を契約当事者とする)。楽しみに日本に来日したX だが、Y がイヤイヤ病を発病し、ライブは急遽中止となってしまった。
 ①そこで、X は、Y に対し、ライブ開催の履行を求めようと考えているが、これは可能だろうか。
 ②X は、今回のライブのため、チケット購入時から綿密に計画を立て、アルゼンチンからファーストクラスを使い、飛行機で日本までやってきた(150 万円)。
 また、日本には、ライブの3 日前より来ており、その宿泊費用がかかっている(10 万円)。X は、これらの費用を含めて、損害賠償をY に求めたいと考えているが、これは可能だろうか。


 Xは、Yとの間でライブでのパフォーマンスを内容とする契約を締結したが、これが履行されないため、民法414条に基づいて履行の強制をしたいと考えているが、これが可能か。債権者が債務者に履行の強制をするためには、①債権が存在し、②履行期に債務の本旨に従った履行がなされず③その債務について履行が可能であり(民法412条の2第1項)、④当該債務の性質が強制履行に適さないものでないこと(1項但書)がそれぞれ必要である。
 XY間で契約が成立しているためXはYに対し債権を有し(①充足)、その契約の目的であるライブが中止されていることから、債務の本旨に従った履行がなされていないといえる(②充足)。他方で、Yは病気のため、ライブを開催できない状況であるため、契約その他債務の発生原因及び取引上の社会通念に照らして、履行をすることができない状態であるといえる(民法412条の2第1項)(③の要件は満たさない)。さらに、当該債務は、Yがライブでよいパフォーマンスをすることを内容としており、Yに強制的にパフォーマンスを行わせたので、その目的を達成することができない。そうすると、XY間におけるYの債務の性質は、直接強制や間接強制によって実現される性質のものではないといえる(④の要件も満たさない)。
 したがって、XからYに対して、本件債務の履行を強制することはできない。
 次に、XはYに対して、債務不履行に基づく損害賠償請求(民法415条、416条)をしようと考えているが、これが認められるか。
 XがYに対して、債務不履行に基づく損害賠償請求をするためには、①XのYに対する債権が発生していること②XY間に生じたYの債務が不履行になっていること③Xに損害が発生していること④Xに発生した損害が債務不履行によって生じたこと因果関係)、⑤Yに免責事由がないこと、が必要である(民法415条)。
 上述の通り、XY間に契約が成立し、それが履行不能になっている(①、②の要件を充足)。なお、Yの債務が履行不能となっているため、XはYに対し、履行に代わる損害賠償を請求することができる(415条2項第1号)。また、Xに損害が発生しているか。ここでの損害とは、債務不履行がなかったと仮定した場合の財産状態と、債務不履行後の現実の財産状態との差のことである。本問では、Xは、代金を支払ってチケットを買ったにもかかわらず、現実にはライブが開催されなかったことにより、代金の対価を受けていない。したがって、Xには損害が発生している(③の要件を満たす)。そして、このような損害は、Yの債務不履行がなければ、生じなかったといえるため、Yの債務不履行と、Xに発生した損害との間には因果関係があるといえる(④の要件満たす)。
 以上から、Xは、Yに対して、債務不履行に基づく損害賠償請求をすることができる(民法415条)。
 この不履行について、契約および取引上の社会通念に照らして、債務者Yの責めに帰すことができない事由がある場合には、Yは免責される(415条1項但書)。しかしながら、Yの当該イヤイヤ病は、Yの責めに帰すべき事由だともいえるため、この免責は認められない。
 上述より、Xは、Yに対して民法415条に基づき損害賠償請求が可能であるが、どの範囲で賠償がなされるのか。損害賠償の範囲については、因果関係が及ぶ範囲がその範囲となる。そして、その判断基準は、相当因果関係を定めた416条となる。416条は、事実的因果関係のある損害賠償のうち、通常生ずべき損害について賠償を原則としつつ、特別な事情によって生じた損害については、当事者の予見可能性の及ぶ範囲を賠償の対象とする(416条1項、2項)。このように、損害賠償の範囲は、民法416条のもと、相当因果関係の及ぶ範囲が対象となる。
 本問でのチケット額の損害額は、債務不履行から社会通念上通常生ずべき損害といえ、当然に賠償の対象となる。また、宿泊費も、遠方から来ることを考えれば、通常生ずべき損害といえる(416条1項)。他方で、いくら遠方から来るとしても、交通費150万円は、ライブの不開催という不履行から通常生ずるとはいえないため、この損害は、特別な事情によって発生した損害といえる。そのため、賠償の対象となるためには、当事者の予見可能性が必要である(416条2項)。ここでの当事者とは、債務者のことであり、予見可能性の基準時は、不履行時である。なぜなら、債務不履行による損害賠償は、不履行後に債権者に発生した損害を債務者が賠償すべきものであるから、債務者が予見できたものに限られるべきだからである。
 本問において、150万円の交通費は、債務者であるYであれば、世界的スターである自分の地位により、世界中から観客が集まってくると想定でき、Yはそのことを予見すべきであったといえる。
 以上より、Xは、Yに対して、債務不履行に基づき、チケット代相当額、宿泊費、交通費を含めて、損害賠償を求めることができる(民法415条、416条)。以上

【追憶】
 これは私が大学2年後期に受講した民法の講義の中盤で教員が練習問題として出題したものである。期末試験や評価には一切関係ないが、論述の書き方を一度練習して理解することを目的として出題された。問題の事例の内容は当時話題になっていた某音楽アーティストのドタキャン事件を題材としている。事例内容はおふざけが過ぎているが、債権総論では基礎中の基礎である「債務不履行による損害賠償」を軸として、判例や学説※をあまり用いずに条文と睨めっこして要件・効果を提示(≒大前提)して事例(≒小前提)を基にあてはめや解釈をして論じることができるかを問う、良問と言うべき練習問題だったと今となっては思う。解答文は先生の講義中の解説を基に作成した。

※以下長い長い補足。この事例問題においては、特別損害の賠償の範囲について定めた民法416条2項の条文中の文言について判例や学説が登場する余地がある(なお、解答文中ではサラッと言及してるだけに留めているが……)。

民法416条2項
 特別の事情によって生じた損害であっても、当事者がその事情を予見すべきであったときは、債権者は、その賠償を請求することができる。

 しかし、それについて言及する前にまずは民法416条2項の条文について言及したい。平成29年債権法大改正によって条文の文言のニュアンスが若干変わっている。改正前は、「当事者がその事情を予見し、又は予見することができたときは、」という表現であったが、改正後は「当事者がその事情を予見すべきであったときは、」に変更している。つまり、可能性に近いニュアンス(「できた」)から義務や規範性に近いニュアンス(「すべき」)へと変更している。条文の文言通りの厳密な解釈である「予見することが可能であったかどうか」という事実関係よりも「予見するべきであった(のにしなかった)かどうか」という客観的・規範的評価に基づいて判断していた従来の裁判実務に基づいて改正されたのだという。たしかに、「それを行う義務があるかどうか」は、「それを行うことは可能である」という判断を前提としているように思える。逆に言い換えれば、「それを行うことが不可能だがそれをする義務がある」というのは酷だし社会通念に沿わないように思える。また、改正前の条文を厳密に解釈してしまうと1%でも可能性があるならばことばの論理上、「可能性が(あるかないかで言えば)ある」ということになってしまう。それらの弊害を取り除き、また従来の裁判実務に即した改正である。
 今回の事例問題は、改正法に則した問題である。そうすると、予見可能性のみを前面に押し出すのは不適当であるし、解答文において「予見可能性」と「予見義務」の表現が混同しているように思える。可能性があったのかどうか、そして義務があったといえるのかどうかを分けて論じるべきであった。
 では、本題に入る。判例や学説が登場する余地はなにか。同条文中の、①「当事者」とは誰を指すのか?②「当事者がその事情を予見すべきであったとき」はいつの時点だったのか? という二つの問題が生じてくる。
 ①「当事者」とは、通常の民法の用語法に従うなら契約主体の両者、つまり債権者・債務者を指すが、判例・通説は当該条文中の文言に限っては債務者を意味すると解されている。
 ②当事者がその事情を予見すべき時期については、「契約締結時説」「不履行時説」がある。判例・通説は「不履行時説」を採用している(大判大7年8月27日)。
 たとえば、以下のケースを想定するとしよう。

4月1日にAB間で土地甲の売買契約を締結(この時点では甲や代金の交付はない。)した。ABは友人同士であったため、交付に関して特定の期日を定めず、4月30日までに交付があればよいと双方が同意した。
 その後、4月15日にBはCに甲を転売することを約して期日5月1日までに甲の交付がなければBはCに違約金を支払うことも同時に約した。
 4月25日、BはAに対して、転売予定と違約金の存在を告げて今月中に甲をちゃんと引き渡して欲しいと念押ししたうえで代金を支払った。Aは「今仕事で忙しいからそれを片付けた上で今月中にちゃんと引き渡す。」と言った。
 しかし、BC間の契約時に定めた期日5月1日を過ぎてもAがBに甲を引き渡さなかったためBはCに甲を引き渡せず、5月2日にBはCに違約金を支払った。
 5月5日、BがAに問い詰めたところ、Aは「やっぱお前に甲を売りたくない」と履行を拒絶する意思を明確に表示した。Bは契約の解除権を行使するとともに違約金相当額の賠償を求めようとしている。

 このケースにおいて、もし契約締結時説を採ると、BC間の契約締結と違約金の存在(≒「特別の事情」)はAB間の契約締結時に予見できない事実であるから、特別損害とは言えない。しかし、不履行時説を採ると違約金の存在はAB間の契約締結からAの債務不履行の間にAがBから知り得たことであるから当然に予見可能であるし予見するべきとも言える。そうすると、違約金相当額を「特別の事情によって生じた損害」として請求することができることになる。また、不履行時説を採れば契約の拘束力を強め、債務者に履行を促す利点がある(私見)。

参考文献
内田貴『民法Ⅲ 第4版 債権総論・担保物権』東京大学出版会,2020

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