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A.D.2025

 西暦2025年になりました。あけましておめでとうございます。本年もよろしくお願いいたします。

 新年になるたびに思うことは、新年の抱負と去年の出来事や反省だ。「一年の計は元旦にあり」という言葉もあるとおり、新年になって「あれをしたい。どこそこに行きたい」などと目標を立てて有意義な一年を過ごそうと多くの人は思い至るものである。思うに、この新年の抱負というものは、たいてい去年の出来事や反省をもとに生まれるものではないだろうか。

 つまり、「(去年は○○をしたから/できたから)あれをしたい、どこそこに行きたい」という順接的なものや「(去年は○○をしてないから/できなかったから)あれをしたい、どこそこに行きたい」という逆説的な場合もあるだろう。もちろん、TVやSNSで見たり年末年始に会った友人から聞いた話で突然思い立つ場合もあるだろう。

 しかし、ぼくはTVをみないし職場と家族以外でほぼ人付き合いがないから、たいていは去年の出来事や反省をもとに新年の抱負が生まれる。ここでぼくのプライベートなXアカウントで元日にしたポストを見せたいと思う。


2025年目標
・質素倹約
・適正なリスクをとる
・消防設備士甲4合格
・Google Mapの行ってみたいリストを減らす
・幸せを目指さない

ひとつひとつ解説していこう。

・質素倹約

 世の中結局金である。金は命より重い。場合によっては愛も金で買えるだろう。されどこれらは金のある者が言うことに説得力があるのであって、ぼくのような貧乏人が言っても何も説得力はない。貧乏人がすべきことはもらった給料をもとに、お金を大事にしながらつつましく生活するのみである。

 奢侈な生活は控え、カードやアプリなどの電子記録が残るもので支払うようにして、Excelで複式簿記によって個人貸借対照表を毎月作成していくのみである。損益計算書を作成しないのは、作成に手間がかかるし無駄なものは買わないで、生活のためや生活を豊かにするために必要なものを吟味して買う習慣が確立しているからである。そもそも毎月作成している貸借対照表の増減や支払いの記録を見れば数字を追うことができる。

・適正なリスクをとる

 ここでいうリスクとは、おもに資産運用のことを指している。いまやインフレ基調となった日本では預金しているだけだとその価値は目減りするだけだ。給料も上がればいいのだが、物価高騰や税金や社会保険料の上昇に給料が追い付いていないという由々しき事態に陥っている。インフレ下では株価は上げ下げを繰り返しながら全体的に右肩上がりになる。だから、リスク資産である株式や投資信託などの保有はインフレ下の長期で見るとメリットだ。
 2024年は日経平均株価が最高値になった一方で急落したこともあった。ぼくもそこで元本割れを経験した。しかし、その後も引き続き積み立てているインデックスファンドは着実に評価額を上げ、保有しているインデックスファンドはどれも含み益がある。長期・分散・低コストの三原則を守って投資をしていきたい。

・消防設備士甲4合格

 消防設備士甲種4類は、自動火災報知設備やガス漏れ火災警報設備の設置、保守、点検を行う国家資格だ。私の現在の仕事では資格手当があるが、消防設備士資格はその対象の一つである。この資格がそのまま仕事に即活かせるわけではないが、試験勉強を通じて得る消防設備の知識は仕事に活きる可能性が高い。スキルアップのためにもぜひとも取得したい。

・Google Mapの行ってみたいリストを減らす

 SNSなどで行ってみたい場所を見るとすぐGoogle Mapに「行ってみたいリスト」に登録している。去年はあまりお金に余裕がなくてでかけることもほとんどしていなかったのだが、今年は去年よりもお金に余裕がありそうな見込みがあるため、行ってみたいリストに登録した場所を少しずつ訪れたいと思っている。もちろん「質素倹約」の範囲内で。行ったことのない場所に行くのは、脳への刺激にもなるしアンチエイジングとしても最適だ。

・幸せを目指さない

 「幸せ」の定義にもよるが、某男塾塾長の名言にもあるように幸せは目指さない。キン…睾丸のついた男として生まれたのならなおさら幸せは目指さない。手は叩かないし、態度でも示さない。
 困難や過酷な場に身を置いて、頭をかき、汗をかき、ときには恥をかくのが男ではないだろうか。迫りくる敵にナイフ一本や徒手空拳で死を厭わず立ち向かう勇気が必要だ。

 …などと勇ましいことをイッチョマエに言っているが、ぼくは脱兎のごとく逃げる男である。かつて旧日本軍の大本営が「退却」を言い換えた「転進」を繰り返す男だ。言い訳かもしれないが武功をあげるにしても戦死するにしてもそれは「名誉」となり、名誉はある意味男の幸せである。それすらもぼくは転進を当然する。

 これも「幸せ」の定義にもよるが、「幸せを目指している時点ですでに幸せではないのではないか」と思う。もちろん「すでに幸せだけどさらにもっと幸せになれるようにする」という考えもあるが、さらなる幸せがあると仮定をしてしまえば相対的に現時点は幸せではないという思考に陥りかねない。

 人生は短いのだから、肩肘張らずに老荘思想のごとく運命を受け止めて生活していま自分のそばに在るモノや居るヒトに目を向けたほうがいいのではないだろうか。そして深く自問自答して自分のなすべきことをなしていくのがより良い生き方だと思う。本年はそのように過ごしていきたい。


2025.01.07


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