「韓国」社会の呼称−2人称の問題①
韓国社会・韓国文化についてはすでに数え切れないほどの研究所や評論、一般旅行記等があることを重々承知していながら、ここに新たな分析を加える。もちろん、100%そのまま前人未踏の記事で塗りつぶすことはできない。僕が試みるのは、正攻法(?)ではなく斜めから切り込むことである。斜めから切り込むことにより、今までの切り込み方では見えてこなかった韓国社会の断面が浮かび上がってくるだろう。記述する際のキーワード(レンズ)を変えてみることにより、韓国社会はもちろん、日韓関係の適切な距離のとり方も工夫できるはずだ。
文化や実に厄介だ。とりわけ日韓関係においては厄介極まらない。原因と背景についてはこれからじっくり述べることとし、まずは、韓国社会のについて「成熟」をキーワードに述べて行きたい。成熟とは言っても硬い話をするつもりではないので、関心のある方はお付き合いをお願いしたい。
まず、2人称の問題についてから入ってみよう。
2人称とは、いうまでもなく相手を呼ぶ際の用いる呼称のことだ。日本語なら「あなた」「君」「お宅」なので、英語なら「you」などである。市販されている日韓辞書をみると、「あなた」を當身(当身:タンシン)、あるいは「너」(ノ)と書かれていることが多い。しかし、辞書を信じてこのように相手を呼ぶのは大変危険だ。なぜなら、タンシンとは夫婦間でお互いを呼ぶ際に用いるか、子孫たちが恐れ多き特定の先祖を指すときに用いる呼称であるからだ。あるいは辞書的な意味とは離れるが「お前」と侮辱的に言い放つニュアンスがあるので禁物である。「너」(ノ:お前、君)とは日本語の「君」「お前」とはもちろん微妙ニュアンスとは必ずしも一致しない。「너」(ノ:お前、君)の感覚的響きは目下の相手に対して何の気兼ねもないぞんざいな響きの呼称である。日本語の2人称の感覚で當身(当身)・「너」(ノ:お前、君)というのは危険である。ぜひ気をつけてもらいたい。
さて、皆さんは韓国語に2人称が欠けていることが想像できるだろうか?正確にいうと2人称がないわけではないが、現代産業社会に見合うような2人称が発達してないのだ。詳細をみてみよう。言い換えれば、産業社会を生きる上で様々な障碍要因となっている。複雑な社会関係をすべて親族間の呼称に呼び替えることにより公の関係を至極私的な関係に持ち込むのだ。今日の韓国社会に根強い高位公職者による不正と腐敗の背景に、実は呼称ーとりわけ二人称の欠如の問題が横たわっているのだ。
1960年代の中盤以降は、韓国はまさに高度成長の胎動期だった。経済が軌道に乗りつつある時期だったので、大きな企業が生まれ、当然のごとくサラリーマンが増え始めた時期でもある。特に若い女性の社会進出が目立った。60年代、会社で社員を呼ぶときは「ミスター金」「ミス李」が流行っていた。当時はラジオが主流だったので、ラジオで流れる「ミス金さんは・・」「ミスター李はどう?・・・」という呼称が毎回妙に気になって仕方なかった。英語が特に流行ったわけでもなかったのに、呼称だけが妙に耳に引っかかっていた。
韓国社会には、「あなた」や「You」に値する普遍的な2人称がない。普遍的な2人称がないために状況に応じて、相手との関係によって、注意して選ばないと結構危ない場合が多い。韓国経済が右肩上がりに成長していくにつれ、女性の社会進出が目立つようになり、男女のサラリーマンという新しいジャンルの職業群が大量に生まれわけだ。これは韓国社会にとっては新しい経験といってもいいだろう。当然のごとく、2人称が問題と意識され始め現場も戸惑ったのだろう。自国の言語に適切な2人称がないので、英語から借用した形と理解できよう。当時流行った流行歌の歌詞にも「のっぽのミスター金」「我が恋人はオルド・ミス」というのもあったから英語式で称するのがおしゃれという感覚があったかもしれない。もちろん、このような外来の2人称は一時的な流行で終わり、その後は目まぐるしく変わっていって今日に至っている。
しばらくは、役職をつけて「金部長」「李係長」と呼ぶことが流行ったこともあったけれど、やはり役職についた人の人数が圧倒的に少ないからかそんなに長続きはしなかったと思われる。
当時、ソウルのあったアイビスネット社(当時)のように、入社順に「1号さん、2号さん」と呼びあう会社もあれば、仕事の内容で「〜〜デザイナーさん」「〜〜調査員」と呼んだりもした。その後、しばらく、「出納責任」「広報責任」「人事責任」と呼ぶことも短い間流行った。このように2人称が時代によって、流行が目まぐるしく変わっていた。2000年4月11日のハンギョレ新聞によれば、煩わしいからか上司に対して一律に「サマ」(様)をつける「呼称破壊」が大企業の三星SDSや第一製糖で試みられたが取引先の理解が得られないという理由から却下されたと報じている。「サマ」は今日の銀行や役所で窓口対応の際に用いられることが多いが、どういう経緯を経ていつから全国的に広がったのかは残念ながら確認できない。
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