「なんで宿題をやらなくちゃいけないの?」という子どもの質問の答えを、多角的に考えてみた。
「なんで宿題をやらなくちゃいけないの?」
小学生にそう聞かれ、私は答えに困っていた。
「賢くなるため」
「勉強の習慣を作るため」
「将来困らないため」
簡単な答えは思いつくけれど
果たして本当にそうなのか。
自分の小学生時代を振り返ってみると
宿題は、賢くなろうというより、ただ早く終わらせたかった。
漢字の宿題は、鉛筆2本を合体し、一気に2行を書いて時短をしていたし、友達は3本連結術を生み出し、クラスのヒーローになった。
そう、あの頃の僕らにとって、宿題とはただ終わらせるものだった。
ただ唯一の救いは、「帰ってから宿題をする」という習慣が身についたこと。
当時の先生が、毎日熱心に見てくれたおかげだ。
しかし、中学校にあがると、その習慣はすぐに崩れた。部活中心の生活になったからだ。朝練、午後練。帰ればクタクタで、飯食って寝るだけ。小学生の頃に、親や先生が一生懸命作ってくれた勉強習慣は、あっという間に崩壊し、家で勉強した記憶は、部活のないテスト前だけしかない。
高校も同じだった。さすがに中3は受験のために、死ぬほど勉強したけれど、大学に入れば、毎日遊びまくる日々。
こんな自分が、「宿題は学習習慣を作るためだよ」とか「宿題をしないと将来困るよ」と答えるのは、なんだか違う気がした。
だから、質問をしてきた子には、
「なんでなんだろうね」
それしか、言えなかった。
宿題を子どもに課しているのに、その目的をはっきりと答えられない。
「先生失格」とその子はがっかりしただろう。
あれから10年。いろんな経験と失敗をした。
今は、あの頃よりも宿題について見えてきたものがある。
ただ、それは自分の経験則でしかない。
本当に宿題は必要なのか。
その答えを改めて考えてみたい。
そう思い、このnoteを書くことにした。
宿題論争
調べてみると、宿題には賛否両論がある。
これは、イーラーニング研究所が300人の保護者にアンケートをとった結果だ。
その結果、「日常的な宿題が必要だ」と思う人は約7割という結果に。
必要な理由は、「日常的な学習習慣につながる」「学習の定着に役立つ」などの回答が多い。
一方、不要と答えた約3割。
その理由は、”ただこなす学習になっている”という回答が7割を超えた。
つまり、宿題は賛成派と反対派が2極化している。実際、「宿題をもっと出してください」という保護者もいれば「宿題が多すぎて困ります」という保護者もいる。
学校は、この板挟みで悩むことも多い。
その結果、とりあえず他の学校や他のクラスと同じように宿題を出す。
「漢字ドリル」「計算ドリル」「音読」「自学」など、他と一緒なら、文句を言われることはない。
過去の私もそう思っていた。
その効果を考えることもせず、ただ『宿題を出すこと』が目的化してしまっていたのだ。
「どうして宿題をやらなくちゃいけないの?」そう子どもに言わせてしまったのは、ここに問題があったのだと思う。
では、学術的にはどうなのだろうか。
宿題のメリットと、デメリットを調べてみた。
宿題のメリットとデメリット
宿題の研究として一番有名なのは、Cooper(1997-2003)の研究だ。
クーパーの研究は、「宿題は効果がない」という記事で紹介され、twitterで炎上。しかし、実際はクーパーの主張とは違うことが後に判明し、さらに注目を集めたため知っている人も多いと思う。
クーパーはそれまでの宿題に関するあらゆる論文から、その効果を分析した。
その研究を軸にGray(2011)など、近年宿題の研究が進んでいる。
今回は、できるだけ主観が入らないように、要約が得意なChatGPTに協力してもらいながら、宿題のメリットとデメリットを端的にまとめた。(一部事実と異なる部分があるかもしれません)
論文はGoogle Scholarで検索できるので、詳しく知りたい人は検索してみてほしい。
クーパーの論文は、ここからも読める。
Does Homework Improve Academic Achievement? A Synthesis of Research, 1987–2003
宿題のメリット
・学習の定着
宿題は学習の定着を助ける効果がある。その効果は特に中学、高校と上がるほど効果は大きい。
・学習の習慣化
宿題を通じて、学習の習慣が養われる。
・自己調整力の向上
時間管理能力や自制心、自立的に問題を解決する力が伸びる。
・家庭との連携
宿題は学校と家庭の間の連携を強化する手段として有効である。
宿題のデメリット
・小学生の学習効果は低い
小学校では、宿題にかけた時間と成績に関する相関関係は見られないか、負の相関関係が見られる。特に低学年になるほど、学習効果は低い。
・クリエイティブな思考と社会的スキルの妨げに
宿題には、自由に考える時間や、地域行事などの社会参加の機会を奪う。その結果子供のクリエイティブな思考や、社会的スキルの発展を妨げる可能性がある。
・カンニングの助長
他の学習者の答案を写したり、答えを丸写しにするなどの行為を助長する。
・学力格差
成績上位層と下位層の学力差が拡大する。
このように宿題にはデメリットもある。
特に注目すべきは『低学年にいくほど、学習効果が低い』という点だ。
Cooperは、その理由を低学年は認知能力と学習習慣が発達していないから、宿題の恩恵を得られにくい可能性があると報告している。
また、宿題には様々な方法や目的があるので一概には言えないが、
宿題の量は『学年×10分』が適当だと述べている。
この『学年×10分理論』は、多くの自治体やPTAが家庭への啓発として採用しているので、聞いたことがある方も多いと思う。
つまり宿題は、発達段階を考慮した量と質を考えることが重要ということが学術的な研究から見てとれる。
国の方針
では、賛否ある宿題を国はどう捉えているのか。
調べてみると、教育基本法にも、学校教育法にも、学習指導要領にも『宿題』という言葉は登場しない。
唯一、小学校の学習指導要領の中に「家庭との連携を図りながら、児童の学習習慣が確立するよう配慮すること」くらいに触れられている程度。
このやり方に関しては、正直ズルいと言いたいが、それについて書くと長くなるので今回は割愛する。
世界の方針
一方、世界では宿題をどのように扱っているのか?
フィンランド
低学年〜中学年は宿題を出さないことが一般的。
スペイン
小学生の宿題の時間を制限(一部の地域)
フランス 書く宿題を法律で禁止
カナダ 休日や週末の宿題が禁止(一部の地域)
アメリカ 小学生の宿題を廃止(一部の地域)
中国、低学年の宿題を法律で禁止(2021)
フィリピン 宿題禁止法を立案(2023)
このように世界では、宿題を減らす動きがある。
特に中国が、宿題と塾を減らす『双減』という政策を発表したことは、世界に衝撃を与えた。2018年の学習到達度調査(PISA)では、中国が全項目で1位だったからだ。さらに2位のシンガポールも2019年に、ストリーミング制という受験制度の廃止を決定した。子どもを競争させることで、優秀な人材を集め、国を豊かにしてきた中国やシンガポールが”発展途上”だったのは過去の話だ。今はどちらも驚くほど近代化し豊かな国となっている。言いかえるなら競争しなくても社会を維持をできる国になった。このように豊かさを手に入れた多くの国が、競争社会からのフェードアウトを選択し、子どもにとって何がいいのかを見直し始めている。宿題もその1つなのだろう。
こう考えると、今後社会の価値観が多様化する中で、宿題論争は世界規模でヒートアップしそうな気がする。
ただもちろん、宿題を減らす目的は各国の文化や事情により異なる。
様々な国の方針を調べてみると、その理由は大きくこの4つに分類できる。
・子どもの負担軽減
・教師の負担軽減
・宿題を見れない忙しい家庭への配慮
・学歴社会からの脱却
特に「子どもの負担軽減」は、近年の研究による学習効果がベースとなり、
低学年は宿題を出さないというのがグローバルスタンダードになりつつある。
では、日本でも宿題を減らす政策が起こるのか。
その答えは、みなさんが感じているように、ないと思う。
なぜなら、そもそも宿題について国は明記してないから。(個人的には、子どもどまんな中政策として、低学年の宿題はなくすと宣言してほしいけれど)
では、学校としてできることは何か?
それは、「宿題をなくすかどうか」という2極の議論ではなく、「何のために宿題を出すのか」その目的をはっきりさせることだ。
そのために、宿題のメリットとデメリットを知り、いかに効果を最大化するかを考えることが重要だと思う。
では、どのような宿題の方法が効果があるのか。
これについても、いくつかの研究があった。
効果的な宿題の研究
個別最適化
子供たちは異なる学習スタイルを持っており、一律の宿題は効果的でない。個に応じた宿題の方が効果がある。(Dunn & Dunn, 1992)
目的に合わせた宿題
宿題は、復習、予習、拡張、創造の4分類ある。目的に合わせて、宿題の内容を工夫することで効果があがる。(Lee Pruitt 1977)
※拡張とは、発展問題。創造とは、プロジェクト型の課題。
学習プロセスの教授と自己調整
学習プロセスの教授や宿題のフィードバックなどを通して、学習者の自己効力や時間管理スキルといった自己調整学習力があがる。
さらに宿題にかけた時間ではなく、時間管理といった自己調整的なスキルを使いながら取り組んだかどうかが成績に関連する。(nunez 2013)
反転型学習
事前に内容理解のための動画を視聴することで、授業時間内の活動が充実し、学力や学習意欲が向上した。(Bargman &Sams 2014)
学習ジャーナル
学習ジャーナル(学習した内容の中で難しいと感じた点やどのように解決したか)を振り返る課題。この結果概念的理解が深まった。(Glogger 2012)
説明を促す宿題
反復するだけでなく、概念的知識についての説明を促す宿題に効果がある。(Ota 2016)
適切なフィードバック
宿題を単にやったかどうかを確認するかではなく、答えを確認したり、評価をつけたり、アドバイスをする方が効果が高い。(Rosario 2015)
これらの研究からエッセンスを抽出すると、宿題の方法で大事にすべきことが見えてきた。
宿題のセブンルール
①できるだけ個のやり方を認める
②宿題の目的を子どもと共有する
③効率的効果的な学び方を教える
④量ではなく、時間の使い方を考えさせる
⑤授業とつなげる(予習型)
⑥考え方を言語化させる(意味理解)
⑦適切なフィードバックをする
この7つが宿題の効果を最大化するためのセブンルールと言える。
つまり、「何をさせるか」だけではなく、「何ができるようになるか」「何のためにするのか」その目的を子どもと共有し、「どのように取り組むか」を個に合わせてアドバイスすることが重要だ。
そうすることで、“やらされている“という受身的な考え方から、“自分のためにやっている“という主体的な考え方にマインドチェンジを促すことができる。
また、この考え方は、新学習指導要領の方向性ともつながる。宿題を通して、知識や思考力だけでなく、学びに向かう力や人間性を育むことができるだろう。
宿題のコスパを考える
ただ宿題の効果を最大化する方法は分かっても、
そんなの無理だと思う人もいると思う。
また、家庭学習は、家庭の責任だから学校がすべきことではないと消極的に考える人もいるだろう。
もちろん、勤務時間を過ぎても、子どものために個に合わせた課題を用意するとか、宿題を丁寧に見てコメントを全員に入れるとか、それはやってはいけないし、求めてもいけないと思う。
先生の時間を犠牲にして、効果を出すのは違う。
ただ、宿題を変えることで、子どもは変わる。
これは、自分の経験則だが、そう自信を持って言える。そして、子どもが変われば、教師の支援は少なくなる。つまり、宿題を変えれば、結果的に教師の負担を減らせる可能性もある。
ここからは、実際にやってみて効果を実感した方法を紹介する。
けテぶれ
けテぶれとは、計画→テスト→分析→練習というサイクルを使った学習法。
これを実践することで、子どもは学ぶ目的を見つける。さらに、テストに向けて、計画を立てたり、結果から自分の学び方を分析したりすることで、子どもは自分に合った勉強方法を見つける。
目的を持たせることで”ただこなすだけ”という宿題の負の効果がなくなる。
子どもが計画を立てることの大切さに気づいた記事。
反転型学習(反転授業)
家で基本的な知識を予習する方法。これをすることで、家での学習が授業で生きる。自分の考えや見つけた疑問で授業が変わり、学びが深まることを子どもが実感する。さらに「分かる子」も「分からない子」も一緒に授業を創るため、そこに学力格差はない。
この記事は、具体例に欠けるので、近いうちに改めてnoteにまとめたいと思う。
プロジェクト型学習
プロジェクト型学習は、探究的なテーマを元に、問題解決に取り組む学習。
例えば、「ゴミを減らしたい」という探究テーマを選んだ子は、「地域のクリーン活動に参加する」というアクションプランを夏休みの課題に決めた。そして実際にクリーン活動に参加し、その活動を授業で報告した。
宿題のデメリットに、「子どもの社会参加の機会を妨げる」とあるが、逆に宿題により、子どもの社会参加につなげることもできる。
デジタルドリル
タブレットドリル(東京書籍)やミライシード(ベネッセ)やnavima(学習ポケット)など、デジタルドリル市場が近年拡大し、多くの自治体や学校でも取りいられている。それらのデジタルドリルを実際に使わせてみると、子どもたちは、まるでゲームに夢中になるように取り組む。
つまづいているところや得意なところも可視化してくれるため、モチベーションも上がり学習効果も期待できる。さらに丸つけもしてくれるので、先生の負担減る。
今後はAI機能がますます発達し、データ分析や個に合わせた課題など、個別最適化の教材としてより進化していくだろう。
家庭学習(言葉を変える)
従来のやらされる宿題と区別するために、家庭学習という言葉を意図的に使う学校も増えている。宿題は、“家でする課題“、一方、家庭学習は“家でする学習“。やらなければいけない課題なのか、それとも自分の学びのためにする学習なのか。言葉は、無意識のうちにイメージを作ってしまうからこそ、言葉を変えるというのも1つ大事なことだと思う。
自主学習
いまさら説明はいらないかもしれないが、選択できることで子どもは喜ぶ。「ただ何をしたらいいか」と迷う子や「何をさせたらいいか」と困る保護者も多い。そこで、私は自主学習を「予習型」「復習型」「発展型」「創造型」に分けて紹介している。発展型は、ちょっと難しい問題にチャレンジするパターン。創造型は、自分の興味を追求したり、身の回りで気になったらことを調べたり、つまり簡潔に言うと、「予習、復習、発展」それ以外だ。宿題の分類を伝えておくことで、子どもが選択しやすくなる。
このように、宿題は工夫できる。
その方法論については、きっと今後も学術的な研究は進むと思うし、全国の先生方が、いろんな方法を実践し、発信していくだろう。
ただ、忘れてはいけないのは、目の前の子どもに合わせるということ。
方法論に捉われすぎることなく、発達段階や子どもの特性に合わせていきたい。
最後に
宿題には答えがないのかもしれない。
どのような宿題がいいかは、子どもによっても、時代によっても変わるから。
でも、だからこそ、そこに考える楽しさと工夫するおもしろさがある。
どうしたら宿題のデメリットをなくせるのか。
どうしたら宿題の効果を最大化できるのか。
どうしたら宿題の負担を子どもも教師も親も減らせるのか。
そして、目の前の子どもやこれからの時代に必要な宿題とは何か。
こんなことを考えるのはおもしろいし、それを実践できるのは楽しい。
「日本は国が動かない」と文句を言ったが、逆を言えば、工夫の余地がある。
“先生が好きでやっている“と国が言うなら、“好きに変えられる“自由さがある。
私は、これからも楽しみながらベストな宿題を探していきたい。
そして、もしまた
「どうして宿題をしなくちゃいけないの?」
と子どもに聞かれたら、今ならこう答える。
「その答えを見つけるのが一番の宿題なんだよ」
と。方法を教えるのは先生の仕事だけど、答えを見つけるのは子どもに任せたい。
学ぶ意味と学び方を知った子は、自分で学べる子に育つと思うから。
そして、その答えを見つけるお手伝いができることが、先生の仕事としてのおもしろさの1つだと、今は思う。