自知之明ーー自分自身に無知な大人にならない為に
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【自知之明】
ピンイン:zì zhī zhī míng
意味:自分の長所・短所についてよく知っていること。
『自分自身に無知な大人にならない為に』
「大人っちゅうもんはね」
社会人デビューの頃、母が私にこう言った。
「何時でも何処でも、誰の前でも良い顔をしていたいもんだよ。ほとんどの場合はね」
コーヒーを口に含む。
一息つくと、母は続けた。
「『指導役』にかって出る人はあまりいない。
指摘を受けると、多くの人は不愉快になるからね、そうすれば自分に対する印象も悪くなる。
だから相手のひどい欠点を知っていても、ただニコニコ笑い過ごすだけさ」
背筋に悪寒が走る。
「これでもまだマシな方よ。
中にはうわべで仲良くしているくせに、裏ではひどい悪口を言う人もいるのさ。
変な噂話を流したりして、いつの間にか大きく広まっていてね」
のんきにおかわりのコーヒーをカップに注ぎ、母は続ける。
「本人はそれでも、一体何故そうなってしまったのか分からないまま。
理由を知ることも、その状況を改善するチャンスでさえ与えられない」
言い終わると、母は私の顔をのぞき込んだ。
「お前は、決してそんな哀れな人間になってはいけないよ」
戸惑った。
学生の頃は、まだ学校の先生や家族、先輩方といった周りの大人達が事細かく指導してくれるが、社会に出ると自分の非を指摘してくれる人はぐっと少なくなる。
それなのに「そんな哀れな人間になるな」なんて!
「どうやるの?」
「毎日反省することだ。その日その日をきちんと振り返ることだよ」
「でも、自分だけだと気付けない欠点はどうするのさ?」
「常にアンテナを張る。
本を読んでどんな性格が嫌われやすいかを学んだり、
他人が叱られた時に自分に同じ非が無いかどうかを確認したり、
ちょっとした相手の表情の変化を観察したり……方法は色々ある。
後は……そうだねぇーー」
「『冗談話』の3割は真に受けること、かな」
「どういうこと?」
「いいかい。『たかが冗談話だ』、なんて良く言われているけど、とある事実に基づき、それを大げさに面白可笑しく誇張したのが『冗談話』だ。
つまり、どんな冗談でも、必ず元となる『事実』が存在する。
例えば、
『風船のような頭だねぇ』の裏には『でかい頭してんな』という本音;
『やけに賑やかになったな』の裏には『最近うるさいな』という本音;
『天真爛漫で面白い人だ』の裏には『幼稚で変わった人』という本音が潜んでいるんだよ」
なんとなく掴めた気がした。
「そこを上手く察すれば、自分の欠点が見えてくる。
一緒になって笑って終わらせるだけじゃあ、ダメさ。
うわべではそれでいい、でも事後は必ずちゃんと反省して、自分自身を見直すことだよ」
「うん……」
「でもまあ、ぴりぴりしなくても良いさ」
表情が不安になっていく私を見て、母は慰めるように付け足した。
「ただ好き勝手言っている人もたくさんいる。
しっかりそれは確かに自分が直すべきことがどうかを見極めればいい、後は全部放っておけ。
何から何まで相手に合わせるなんて無理だからね」
「そんな……難しいよ」
「今に分かるさ」
コーヒーカップが空になっていく。
その一口一口と共に、私の青春時代も消えていったような気がした。