『天啓予報』第27章 俺の車に乗りたくないのか?
第二十七章 俺の車に乗りたくないのか?
気絶した槐詩が目を覚ました時には、既に夜になっていた。
「ほら、昨夜のことが新聞の見出しになってる」
烏鴉は羽根の先でスマホのブラウザを開くと、ホウと息をついた。
「緊急動員で白帝子まで出動したんだもの。ハイエナのようなマスコミからは隠しおおせないわ」
「明日新聞?」
槐詩は首をのばして覗き込んだ。
「あの本当のこと以外は何でも載せるタブロイドの?」
その新聞はゴシップや信憑性のない奇怪なニュースや眉唾な健康コラムばかり掲載していて、いままで潰れていないのが不思議なぐらいである。
「うーん、お金を出せば、本当の事も読める……かも?」
烏鴉は讃嘆した。
「何と言っても辺境最大、最高、最悪の情報屋にして仲介集団よ。昇華者についての情報はやはりあそこがいちばん確かだわ」
烏鴉はスマホを槐詩に手渡した。
「いまどきは黒幕の情報は全部引き出せるの。第三段階の昇華者で、もともとはローマの侍衛官。失踪して数年、再びバグダッドに現われた時には既に 有名なテロ組織緑日のメンバーだった。緑日に加入すると規定に従って本名を抹消し、コードネームを名乗るようになった――紅手袋。とても象徴的」
「正面向きの写真まであるのか?」
槐詩は顔を近づけ、写真の顔をよくよく見た。
「いい人っぽい顔してる」
「うん、そうね。緑日のために長年現境で奔走していて、色々な勢力と裏でつながっていたらしいわ。
霊魂能力は『あやつり金魚』。あなたも見て、体験したあれよ。自分の源質を分裂させて、他人の体内に植え付け、密かに指令を出す。
金魚が完全に孵化する前は極めて見つけにくく、一度暗示にかかった人間は完全に紅手袋のマリオネットになってしまう。
金魚の数はたった七匹。失った場合、また育てるのに長い時間がかかる。
身に付けた聖痕は、墓碑学派の分支・タクシム。伝説中のアンデッドで、生命力は相当強く、頭を失わないかぎり死ぬことはない。特に霊魂能力『消融』は、自身の存在感を消す隠身の効果がある。
隠身効果の弱点は、人間の主観にしか作用しないことで、カメラや鏡には無効なこと」
「ずいぶん詳細に調べてあるんだな?」
槐詩は驚いた。
「そうよ。でなきゃ売れないでしょ?」
烏鴉は溜息をついた。
「手持ちのお金では大衆版しか買えなかったけど。紅手袋のお兄さんが有名人でよかった。でなけきゃもっとお金がかかったところよ……」
「ちょっと待て――」槐詩はハッとした。「その金はどうした?」
烏鴉は不気味に笑った。
槐詩は急いで自分のスマホを取り出し、引き落とし履歴を調べ、目を丸くした。命を賭してホストとなって働いた二万元余りが……全部なくなっていた!
しかも三千元の借金まである!
「このクズ!なんでもっと安いのを買わなかった!」
「安かろう悪かろうよ」烏鴉は反論した。「それにあなたは死にに行くんだもの、お金を残しておいたってしょうがないじゃない?」
「誰が死にに行くって?!」
槐詩は目を見開き、スマホを手に取った。
「人を呼ぶぞ!」
烏鴉はぽかんとした。
「二時間前に人を殺すって言ってたのは誰よ!それに、何かあるとすぐに人を呼ぼうとするダメな習慣は一体どこで習ったの?あなたは仮にも運命の書の持ち主なのよ?主役だっていう自覚はないの?」
槐詩は怒り、烏鴉のスマホ画面のニュースを指さした。
「奴は三階だ!俺のような新人がタイマンをはるなんて、飛んで火に入る夏の虫じゃないか?主役だからって不死身じゃないんだぞ!」
「紅手袋はいま廃人同然よ。あなたはとどめを刺すだけでいいの。絶好のチャンス、経験値二倍ボーナスよ!」
烏鴉は鉄が鋼にならないのを恨む目で槐詩を見た。
「それに人を呼ぶって、誰を呼ぶの?柳東黎はICUよ!」
「ええと、艾晴?」
「金陵に行くって言ってたわ。いまごろ飛行機の中よ。戻るのを待っていたら何もかも台無しよ!」
「特事所は?」
「連絡先は知ってるの?」
「じゃあ……」
槐詩は少し躊躇ってから言った。
「110番?」
烏鴉は静かに槐詩を見ていたが、しばらくして溜息をついた。
「……警察になんて言うの?ネット小説サイトに載っているファンタジー小説だと思われるのがオチよ。それに、特事所に連絡できたとして、あなたが紅手袋の居場所を知っている理由をどうやって説明するの?緑日のスパイだと思われるかもしれないわ!試しに私のことを白状してみなさい、すぐに監獄のVIP会員カードがもらえるわよ!」
「クソ。あれもダメ、これもダメ……」
槐詩は怒ってテーブルをバンと叩き、そして急に意気消沈した。
「それじゃ……やめるか?」
「それもアリね」
烏鴉は槐詩を一瞥した。
「今後はそれぞれの道を行くの。紅手袋は法の外で悪事を働き、あなたは努力と才能で人生の高みを目指す……あなたがそれでいいなら、私はかまわない」
槐詩はしょんぼりとした。
烏鴉は頭を振り、羽根でポンポンと槐詩の肩を叩いた。
「若者よ、お姉さんがあなたためにならないことをすると思う?」
「思う!」
槐詩は烏鴉を睨みつけた。
「ためにならないことばっかりじゃないか!」
「コホン、逃亡犯であることは先に言うべきだったわね……」
烏鴉は気まずそうに咳をすると、力を籠めていった。
「考えてみて、この復讐は神聖な復讐よ!定番の題材!人民大衆が大好きなドラマ!一生に一度あるかないかの最高の舞台じゃない?
統括局十人委員会が十二銅表法を発布する前、昇華者の法律はひとつしかなかったの。つまり、目には目を、歯には歯を!」
烏鴉は自分の契約者を見つめた。厳粛で冷静な赤い目には、何のふざけた様子もなく、真理を宣告しているかのようだった。
「私が本当に教えられることがあるとすれば、これがレッスン・ワン――この世界は弱い者には血も涙もなくて、卑怯者には逃げる場所がないということ。
あなたが出会った一切のように――あなたが運命を支配しなければ、運命があなたを支配するでしょう!」
槐詩はハッとし、目の前の烏鴉を呆然と見た。まるで初めて彼女を見たかのように。
槐詩が驚いている様子を見て、烏鴉は得意になった。
「どう?このかっこいいセリフは昨日一晩かけて考えたの!はやく褒めなさい!」
「……」
槐詩の心にうっすらと浮かんだ憧れはすぐに消え去った。
だが……言ってることは筋が通っている。
槐詩はしばらく考えて、目の前の烏鴉をじろじろ見ていたが、突然大胆な仮説が頭に浮かんだ。
「うーむ……もしかして、あんた何か隠れた戦闘力を持っているのか?肝心な時に変身するとか?俺たちが人鳥合体して、お前は聖衣に、俺は聖闘士になるとか……」
烏鴉はバカを見るような目で槐詩を見た。
「お姉さんを許して。私はいまはただのカラスです」
「じゃあなんであれこれ言うんだ?」
槐詩は烏鴉を睨みつけた。
「俺にあの斧だけで単身乗り込んで返り討ちに遭って死ねっていうのか?」
「安心して、聖衣ははないけど……」
烏鴉は窓の外、庭に停まっている車を見た。
「あなたの戦友から拝借すればいいわ」
槐詩は柳東黎の車を見た。
目が輝いた。
「そうだ、柳の車に何かあるかも!」
すぐに槐詩は鉄の門を押し開き、柳東黎の車の周りをぐるぐる何周かすると、後部の窓ガラス目がけて、鉄のスコップを振り上げた。
「柳、仇は取ってやる、だから……細かいことは言うなよ」
ガシャン!
高価な赤い車が揺れた。車窓はあっさりと壊れ、警報音が鳴り響いた。
槐詩は割れたガラス窓から天文会の地球のマークがついた鉄のケースを取り出し、思わず笑った。
「あは、やっぱりあった!」
この二日で槐詩はよく知っていた。ホストの柳東黎が色々な武器をここから出していたことを。苦難を共にした兄弟のような柳東黎は槐詩に希望の火種を残していった。
ケースを開けて、だが槐詩は失望した。
散弾銃と二丁の拳銃は既に取り出されてしまっており、残っているのは一本の軍用ナイフと、黒の防弾ベスト、一丁のごつい拳銃……
槐詩はマテバ・オートマチックを腰に挿すと、弾丸をズボンのポケットに押し込んだ。勇気が湧いてくる気がした。
「一つ質問があるんだけど……」
槐詩の後ろで、烏鴉が困ったように溜息をつき、手に持ったものをゆらゆらさせた。
「車のキーが机の上にあるのに、どうして窓を割ったりしたの?」
「……忘れてた」
槐詩は気まずく鍵を受け取ると、タクシーに乗る金がないことを思い出した。いいさ、車を呼ぶ必要はない。
槐詩が車に乗り込むと、肩にとまっている烏鴉が最後の質問をした。
「ねえ、あなた運転できるの?」
「うん?ペンギンレースも運転したことになるかな?けっこうハイスコアを出したんだけど」
槐詩は答えると、車を降りようとした烏鴉を捕まえて、助手席のシートベルトを付けさせた。
「どこに行くつもりだ?俺の車に乗りたくないのか?お前が復讐をそそのかしたんだぞ!大人しく座れ。出発だ!」
「やめて!あなたの復讐の途中で死にたくない!」
烏鴉は慌て、全力でもがいた。
「槐詩、私車に酔うの。ほんとよ。お金をあげるからタクシーを呼んでくれない?豪華なリンカーンにしましょう、かっこいいし!いえ、やっぱり人を呼びましょう!特事所の電話番号を知ってるから……」
「ぐすぐすしている暇はないぞ?」
槐詩はちらりと烏鴉を見ると、鍵を差し込んで捻り、エンジンをかけた。
「時間がない、行くぞ!」
ブォン!
狂った犬が籠を飛び出すように、烏鴉の悲鳴とともに車は発進した。鮮やかな赤い車は半分開いた鉄の門を擦って石髄館を飛び出し、がむしゃらにでこぼこな不帰の路を突っ走った。
月光はいつの間にか黒雲に遮られ、低い雷の音が空の奥で響き始めた。
遠くから風が吹いてくる。
雨が降ろうとしていた。
訳者コメント:
「俺たちが人鳥合体して、お前は聖衣に、俺は聖闘士になるとか……」は、原文から直訳です。聖闘士星矢は中国、もとい、東夏でも大人気のようです!