『天啓予報』第35章 助けて烏鴉えもん!
第三十五章 助けて烏鴉えもん!
「どういうことだ?」
探偵は顔をひきつらせた。ブローカーを長年しているが、こんなことは初めてだった。
「コホン、これなんだけど」
槐詩は咳ばらいをすると、懐からガラス瓶を取り出した。中には劫灰が詰まっている。
これは烏鴉のアイディアで、いちばん簡単に金を稼ぐ方法だった。
「ちょっと待っててくれ」
探偵は瓶の中身を理解すると、すぐにスマホを取り出し電話をかけた。
「もしもし?おじさん?数日前に『辺境の淀み』を注文してなかった?ちょうどいま売り手が来てるんだけど、ちょっと見に来ないか?」
数分後に、コンピューターのスクリーンが明るくなった。
不思議なのは、WEBカメラのライトが勝手に変化して、老人のホログラムとなったことである。
試験薬の反応を見て、老人はゆっくりと頷いた。
「いま現境でこんなに純粋な劫灰は珍しい。上モノの値段で買おう。全部」
老人は和やかな表情になると、槐詩をちらと見た。
「また劫灰を手に入れたら私に連絡をくれ。相場の一割増で買おう」
言うと、老人の姿は消えた。
探偵は何も面倒なことは言わず、劫灰を置き秤で量り、瓶の重さを差し引くと、三百グラム前後あった。
通常これぐらいの量の砂鉄は一キロほどあるのだが、劫灰は見た目よりも軽いのである。
これは槐詩が毎日少しずつ溜め込んだ劫灰すべてであり、槐詩の力の限界であった。槐詩も自分の過去を思い出してジタバタするのが好きなタイプではなかったので、他人の死亡記録を読んで劫灰を凝結させたのである。
探偵は計算を終えて顔を上げた。
「最新の市場価格に照らして、全部で八万四千。俺が仲介として5%抜く。後で彼の名刺をやるから、次からは直接取引するってことでどうだ?」
槐詩に異論はなかった。そもそも商売というのは差額で稼ぐものだ。
こんなに簡単に八万元が手に入り、槐詩は昇華者であることに初めて期待感を持った。
店を出る前に、槐詩は烏鴉の言いつけに従って精巧な鍋と機材と材料を一式買った。家にあるものは科学教室でいい加減にやるにはいいが、本格的には役に立たなかった。
簡単な工具一式だけで九千ちょっとかかった。もし烏鴉が繰り返し煩く言わなかったなら、槐詩は適当なもので間に合わせていただろう。
残りの七万一千は、烏鴉に渡さないでおこうと槐詩は考えた。あいつの話は話し半分で聞き、五万だけ渡そう。それでも半月分の薬代になるはずだ。
残りの二万を生活費としても、だいぶ長く遣える。
槐詩はまず石髄館を片付け、割れたガラスを新しくし、塀もペンキを塗り直そうと考えた。自分で手を動かせば節約できる。余った金でチェロの弦を少しいいものに張り替え、いくつか椅子を買って、ホールを片付けたとしても、まだだいぶ残るだろう。
工具類を提げて店を出た後も、槐詩はずっと喜びに浸たっていて、道端で小便をする野良犬すら可愛く思えた。
柳東黎は槐詩のボーッとしている様子を見て、どうしようもないというように首を振り、前を歩いた。
柳東黎と別れて家に帰ろうとした時、突然槐詩の体が震えた。
槐詩は足を止め、バッと振り返った。
道には数人の通行人や数台の車が忙しそうに通り過ぎる他には、塀の上を野良猫がゆっくりと歩いているだけだった。
さっき、確かに死亡予感が発動し、針で刺されるようなチリチリした悪寒を首の後ろに感じた。
言葉にできない直感が槐詩の心に浮かんだ――誰かが自分に殺意を抱いている。
そ の死亡予感は、幻覚のように急速に消散した。
ただ悪寒が肺腑の中をぐるぐると渦巻いていた。
「どうした?」
柳東黎は槐詩の様子がおかしいことに気づいた。
「いや、別に」
槐詩は何でもないように笑った。
「それじゃここで。さよなら」
「ああ」柳東黎は手を振った。「出発前に飯を食おう」
槐詩は頷いて応えると踵を返してその場を離れた。
殺意は自分に向けられたものだ、他人は関係ない。柳東黎は退院したばかりだし、巻き添えにはできない。
珍しく、槐詩は自分一人で引き受けることにした。
だが……いったいどこのバカが自分を殺そうとしているんだ?
※
※
「大変だ、誰かに狙われてる!」
石髄館のホールで、槐詩は烏鴉に訴えた。
「烏鴉えもん、どうしよう?」
「無理ね。死ねば。さよなら」
烏鴉は淡々と返すと、慌てず騒がず槐詩が持ち帰ったものを点検し、珍しくもないことのように言った。
「そんな単純なことのいったい何が問題なの?誰かがあなたを殺そうとしているなら、あなたがそいつを殺せばいいだけじゃない?」
「どうやって?また斧を呼び出すのか?」
槐詩は溜息をついた。彼の実力は彼自身がよくわかっていた。『龍袍を着ても天子には見えない』というように、昇華者になったとはいえまだまだレベルは低く、廃人同様の紅手袋にタコ殴りにされた。もし誰かが路地から出てきて短機関銃を撃ってきたとしても、反撃する能力はないのだ。
「だから私が昨夜言ったのに……」
烏鴉は顔を上げ、愉快そうに笑った。
「運命の書の新しい効能を試してみる?」
嫌な予感はしたものの、仕方なく槐詩は頷いた。
槐詩は運命の書を開き、烏鴉は羽ペンとなって、ページを突いた、
瞬間、槐詩の目の前が真っ暗になった。
目を開くと血なまぐさい匂いが鼻を刺した。
暗い地下室の中は死体だらけであった。半身が腐乱した痩せた男が、槐詩に向かって吠え、鎧を纏っている左手を猛然と突き出した。
槐詩は無意識に後退したが、何もできないうちに、体を激痛が貫くのを感じた。
その男は奇怪に膨れ上がった右手で槐詩の頭をわしづかみにすると、勢いよく捻った。
グシャ!
槐詩は死んだ。
一面の漆黒に、大きな赤い『LОSE』の字がゆっくりと浮かんだ。
どういうことだ?
槐詩は激痛の中で椅子から飛び起き、烏鴉を睨みつけた。
「文字が出ただけで、前と同じじゃないか!」
「え?」烏鴉は尋ねた。「違いに気づかなかったの?」
槐詩はハッと思い出した。さっきの死亡記録の中で自分は……もしかして……たぶん……後ずさった?
そうだ、間違いない。これまではずっと背後霊の方式で体験していたが、今回、死亡記録に対して槐詩は初めて自分の意思で動いた。
「これが新技術か?」
「そうよ」
烏鴉は頷いた。
「例えば、以前がゲーム実況の視聴者だとしたら、いまは自分でゲームを遊ぶことができる――つまり、あなたは見る阿呆から踊る阿呆になったわけ」
「誰が阿呆だ」
槐詩は烏鴉を睨みつけた。
「だけど最初はあまり難易度の高いのはやめた方がいいみたいね」
烏鴉はしばらく唸ってから、言った。
「運命の書の記録の中では、紅手袋の部分が教材として最高だわ。だけどその前に、まず左手を上げて。そう、そういう感じ。で、指を一本上に向けて、他の指はたたんで」
「こうか?」
槐詩はぽかんとしたまま左手を挙げた。
「何の意味があるんだ?」
「すぐにわかるわ」
烏鴉は謎めいた笑みを浮かべると、スマホを取り出して写真を撮り、槐詩に向かって羽根をパタパタさせた。
「いってらっしゃい」
槐詩はあっという間に椅子の上に倒れ、眠りについた。
その後、烏鴉はアプリを開き、さっき撮った槐詩の写真の上に慣れた様子で一行の文字を打ち込んだ。
――滅多打ちにしろ。
スタンプGET~
それから、滅多打ちが始まった。
槐詩がいまのポーズはなんだったのかと考えていた時、彼は既に見知らぬ訓練場にいて、マッチョな大男に素手で殴られていた。
かつて紅手袋が使っているのを見たことがあるローマ式ボクシングを、いま見知らぬ相手が神業のように操っている。
男は躊躇なく攻撃してきた。相手を廃人にしようとでもいうように!
笛が鳴り、男は飛び蹴りをした。槐詩の首はあやうく蹴り折られそうになり、体が空中でくるりと回って地面に叩きつけられた。擒拿術だった。
ガッ!
槐詩の右手が裂けた。
「なにボサッとしてる!7944!」
訓練場で、両手を後ろに組んで立っている冷たい表情の男――槐詩はそれが教官だと知っていた――が厳かに言った。
「お前が学んだものは犬の腹の中か?ナイフを使え!殺せ!それともこの死刑囚に殺されたいか!」
冷酷な語調にはまったく容赦がなかった。
槐詩は深呼吸し、腰を落とし、手を伸ばしてローマ式ナイフを拾い上げ、握りしめた。
時々槐詩はこの情景が夢に過ぎないことに感謝を覚えずにいられなかった。
どんな武器を手にしても、誰を殺しても、法律、道徳、良心またはその他のことを考える必要はない。
もしかするとこれがいちばん恐ろしいことなのではないだろうか?
「来い!」
教官に大声で呼ばれ、槐詩は駆けだした!
そして、死んだ。
槐詩は何度か挑戦し、やっとのことで相手の喉を切り裂いた。
勝った。
だがこの時槐詩は腰を蹴り折られ、四肢のうち三肢を失っていた。
槐詩が教官に助けを求めてみたところ、教官は冷静に槐詩の前に来て、彼の首を捻った。槐詩が聞いた最後の言葉はこうだった。
「お前は帝国の期待に背いた」
訳注:
スタンプ……中国でよく使われているSNS『微信(Wechat)』では『表情包(スタンプ)』は簡単に自作して使うことができます。LINEのスタンプは公式の審査を通らないと使えないので、ここは日本人にはわかりにくいところですね。
訳者コメント:
槐詩が柳東黎を巻き込まないようにという気遣いを見せました。槐詩は普段は図々しくて人を怒らせてばかりいるのに、肝心な時には思いやりや正義感を発揮するところが何ともいえず好きです。