『天啓予報』第48章 消毒
第四十八章 消毒
実力がついてきて精神的にも落ち着いたのか、槐詩はもうウィーンで『小寡婦の墓参り』を弾く悪夢は見なくなった。
目が覚めて、いつものように庭でチェロを弾いていると、艾晴から電話がかかってきた。
「いますぐ出なさい。門のところに迎えがいるわ」
艾晴は言った。
「王海の足どりをつかんだの」
艾晴が天文会を通じて行っている監視制御と特事所の捜査により、たった一日余りで外から新海に流入してきたすべての人間が調査された。前科者がリストアップされ、至る所に設置されている監視カメラによって王海の足取りが発見された。
市外の荒れた山にある、ずっと以前に廃棄された荘園に王海が出入りしていることが確定すると、特事所の武器を持ったいかつい男たちが車に乗り込み、号令を待った。伝所長は爆弾に対してかなり腹を立てているようだった。
やってきた槐詩は艾晴の車に押し込まれ、車は市外に出発した。三十分も経たないうちに、防弾服やヘルメットなど、よくわからない物が槐詩の足元に山と積まれた。
「衛星調査完了。荘園の中に複数の人間がいる形跡があります」
偵察員が戻ってきて報告した。
「うち一人は体形から王海と思われます。無人機を飛ばしますか?」
数人の中に昇華者がいる可能性もあった。
「無人機は発見されやすい」
伝所長は望遠鏡を覗いていたが、荘園の地図を前にも部下たちと進攻計画を検討し始めた。天文会の職員であり唯一の昇華者である槐詩は、荘園侵攻の第一陣に入れられ、ブルブル震えていた。
「これはどうやって使うんだ?安全装置はどれだ?」
槐詩は機関銃の使い方を知らないふりをして戦線から離脱とようとしたが、いかついお兄さんたちに車の方に引っ張られていった。
「ちょっと待った。俺は被害者だ! どうして突入に参加しなくちゃならないんだ!」
槐詩は車のドアにしがみついて叫んだ。
「昇華者が必要なら柳東黎を呼べばいい!柳の能力はすごいぞ!ちょっと見ただけで相手の息を止めちまう。俺はチェロを引くしか能がない人間なんだ。弓を銃に持ち替えたところで恥を晒すだけだ。放してくれ……おい、やめろ、顔ぶたないでよ!……俺は新海のために力を尽くし天文会のために手柄を立てたんだぞ。艾晴を呼んでくれ!艾晴と話をさせてくれ!」
「……」
艾晴は無表情に視線をそらした。
「わかった。俺と一緒に行動させよう」
伝所長は見るに堪えず、手を振って部下に指示した。
チッ……最近の若者は何を考えてるんだ?
柳東黎の方がずっとましだった。雨の日も風の日も、減刑のためにはどんな危険な場所にも行った。槐詩がこんな奴だと知っていたら、逮捕して数年の刑を食らわせておくんだった。
伝所長は溜息をついて、テーブルの上の地図を見た。
荘園は廃棄されてから既に時間が経っていた。
実際、新海付近にはこうした廃棄された建築物は少なくない。大部分は九十年前の栄光の時代、新海の経済が発展した時に建設されたものだ。
だが新海はどんどん不景気になり、どんどん金持が減り、付近の産業もさびれていった。どれだけの建物が未完成建築となったかわからず、旧市街にはいまでも未完成の大きなビルがある。
この荘園が建てられたのも石髄館と同じ頃だが、ここには槐詩のような運のない留守番はおらず、すっかり荒廃していた。
「準備はいいか?」
再三確認したのち、伝所長は装備の武器と防弾服を点検し、率先して第一陣の突撃部隊の車に乗った。
「そんなので行動開始するの?」
艾晴は不思議そうな様子をし、手を上げた。
「少し待って。電話するから」
※
※
同時刻。古い荘園では、廃墟となって崩れかけた母屋の四階で、壊れた壁の奥に伏せた影が望遠鏡で山の下を覗いていた。
「ほんとうに天文会のその男を捕まえるのか?」
偽王海――偵察衛星がとらえた、王海と体形が似ている目標人物――は電話を首と肩の間に挟み、焦れたように言った。
「もう二日もここで待ってるのに、どうしてちっとも姿を現さないんだ?」
『焦るな、もうすぐだ』
王海の声が受話器の向こうから聞こえてきた。
『わざわざ市内をぶらついて来たんだ。それで気が付かなかったら、特事所など解散した方がいい』
偽王海は不愉快そうに言った。
「これは上主がお前に与えた最後のチャンスだ。これで失敗を挽回するつもりか。ガキを一人捕まえたところで役に立つとも思えんが」
偽王海は言うと、口笛を拭き、廃墟の中に隠れている影を宥めた。それらの野獣たちはまるで新鮮な血の匂いを嗅いだかのようにざわついていた。
『人質を手に入れてから改めて話をしよう。お前は何もわかってない』
電話から聞こえる王海の声は苛立っていた。
『運よく新海の天文会を根こそぎにできたら、どんな計画だって不可能じゃなくなるんだぞ?そら、あいつらが山に登ってくる。それに特事所の軍隊も。お前ら失敗するんじゃないぞ』
「四人の昇華者と十匹の幻獣と九十匹以上のゴーストがいる。特事所の軍隊だって倒せやしない」
偽王海は残虐な笑みを浮かべた。
「あの顔だけが取り柄のホストと足の不自由な女が、お前が言うほど危険な存在なのか見てやろう」
ブツッ
電話が切れた。
荘園全体は死んだように静まり返り、何の音も聞こえなかった。
再び聞こえ出した鳥の羽音や虫の泣き声は、廃墟の陰鬱さを引き立たせた。
車は山腹まで走って突然止まった。麓の指令本部では、迫撃砲が照準を合わせていた。雷鳴のような轟音が轟いた。
砲弾が雨のように降り、廃墟の荘園全体が爆破された。無数の瓦礫が飛び散り、巨大な弾の痕が地上にむき出しになった。
荘園から微かな叫び声が聞こえてきた。
「侵攻しますか?」
助手席の伝所長は望遠鏡を覗きながら尋ねた。
「もう少し待って」
車内の艾晴は荘園の方を見て、無表情にスマホを持ち上げ、言った。
「長剣が要るわ。掃除用の」
三分後、風を切る音が空に響いた。
鋼鉄の鳥は漆黒の雲の間から姿を現し、音速を越えるスピードで大地を掠めると、羽根の下から純白の鋼鉄の矢を一筋大地に放った。
屋上に伏せていた人物は目を見開いた。
どういうことだ?
ボン!
瞬間、激しい轟音と炎が立ち上り、山全体が微かに振動した。吹き荒れる炎と風が廃墟を凶暴に蹂躙した。
恐ろしい爆発の中、渦巻く風は荘園を徹底的に破壊し、無数の鋼鉄の破片が四方八方に死を撒き散らし、絶え間ない叫び声がその中から聞こえてきた。
巨大なくぼみが荘園の真ん中に出来上がり、溶岩となった泥土が黒い大地の上を流れ、硝煙の悪臭と塵埃が風に載って拡散された。
ミサイル!
反応する間もなく、低い風切り音が再び空中から聞こえてきた。
鋼鉄の鳥の影が再び現れた。
それ空中で何かを落とし、また視線の果てまで飛び去った。ただ低い唸り声が空中から聞こえてきた。
つづいて、白い煙が大地に向かって伸びていった
残酷な天使が雲の中から羽根を落としたように。
それらが地面に落ちた瞬間、恐るべき温度が爆発し、青と赤の炎が煙の中から燃え上がった。灼熱をはらんだ風が薄いベールのように隅々まで覆い、炎がすべてを呑み込んだ。
炎は泥土の中で、瓦礫の上で、廃墟の中で、狂ったように踊り、鋼鉄が液体になるのに十分な熱で毒煙と濃霧を焼き尽くした。
たった一瞬で、白リン燃焼弾は徹底的に廃墟を破壊し、舞い踊るリンの蒸気と水のように流れる炎はすべての場所に浸透した。
炎、炎、炎。
白リン燃焼弾の恐るべき熱と、すべての生物を壊滅させる毒ガス。
山全体が壊滅に包まれた。
山腹で、すべての人間が呆然とこの情景を見ていた。
たった数十体ほどの化け物たちは、炎の中で叫び、もがき、転がった。青い炎の中で白骨が折れ、毒の火が骨髄の中で燃え上がった。
炎の中で炭化しつつある死骸が、骨が折れる音を立てた。
「……」
人々は呆然と目の前の廃墟を見た。伝所長は艾晴に尋ねた。
「証人は必要ないのか?それに白リン弾の使用は禁止されているのでは?」
「生きていたら証人になるわね」
艾晴は淡々と手を振った。
「テロリストに対して人道主義を説く人間は頭がどうかしてる」
「……」
「さて、もういいわ」
艾晴はちらりと槐詩を見た。
「もう、あなたも、いってよし……でしょ?」
「ですです!」
槐詩はこくこくと頷いた。
「僕も天文会の駒として、必要とあらばどこへでも。誰か、俺のビームライフルを持ってこい!」
訳注:
「もう、あなたも、いってよし……でしょ?……「现在可以上了,你会去的,对吧?」。『仮面ライダードライブ』のキャラクター、仮面ライダーマッハの有名なセリフ「它说,可以上了(行っていい、ってさ)」より。「行っていい」は「逝っていい」とかけてあります。
訳者コメント:
艾晴はやることが大胆ですね……