『天啓予報』第67章 恥を知れ

第六十七章 恥を知れ

 霧が震え、雨が逆巻いた。
 弾丸によって生み出された一条の光の筋に、すべてが易々と砕かれた。つづいて、霧の中の華奢な人影は炎に呑み込まれた。
 吹いて来た風に空に撒き上げられ、ボロボロになったレインコートは雨の中を漂い、地面に落ちた。
 人間はまるで神出鬼没の幻で、風の中に消えてしまったようだった。
「敵は?」
 機銃を操作していた傭兵は、愕然と周囲を見回した。
 副操縦士である中年の軍人は電話を置き、サングラスのブリッジを指で押し上げた。
「気を付けろ。隠れ身の類の霊魂技能を持っているかもしれない。赤外線暗視装置を使い、距離を保ちつつ包囲し、炙り出せ」
 トランシーバーから応答する声がした。
 装甲車の後ろから、数人の暗視装置を装着した兵士たちが飛び出してきてた。彼らは武器を持ち、慣れた様子で周囲に展開すると、徐々に包囲を狭めていった。
 瞬間、高架の中央分離帯の壁の向こう側から黒い物が投げ出され、空中に弧を描き、装甲車に向かって落ちた。
 手榴弾!
「Fire in the hole!」
 同僚が注意を促した瞬間、巨大なジープは急速にバックした。だが遅かった。
 手榴弾が空中で爆発した。
 最後の一瞬、ジープは運転手の叫びとともに横転し、炎と突風が吹きあがり、無数の欠片が車の側面の防弾装甲にぶつかり、ガラスの割れる鋭い音が響いた。
 彼らが動く前、爆発した瞬間、中央分離帯の向こうから人影が飛び出し、いちばん近い隊員に向かって走った。
 バカみたいなスピードだった。
 烏鴉うやの調整により感知型に特化した体は、瞬間的に驚くべきスピードを出した。黒い影は地面を這い、霧と雨を切り裂き、襲い掛かってきた!
長年の訓練を積んできた隊員は何の躊躇いもなく、予想していたかのように、瞬間的に引き金を引いた。その人影はサーカスのように空中で奇妙な回転をすると、弾の軌道に沿って飛んだ。
 ジャンプする時に、その人影の両足は水たまりを踏んで大きな水しぶきを上げた。
 水が落ちるよりも早く、幼い顔がすぐ近くにあった。
 次の瞬間、彼らは交差し、傭兵の喉は血を噴き出していた。
 華奢な影が彼の背後に素早く現れ、肩を掴むと、人形を操るようにくるっと向きをかえ、手に持った銃口を仲間に向けさせた。そして彼の肘の内側を軽く押した。
 緻密なコントロール。
 筋膜の緊張は人差し指を無意識に収縮させ、敵が伏せる前に銃口は命を奪うに足りる毒の火を吹いた。
 火力が薙ぎ払った。
 喉を裂かれた傭兵は槐詩かいしの盾となった。敵が混乱しながら銃撃する中、槐詩はその徐々に体温を失っていく死体を担いで飛び、別の分離帯の壁の後ろに隠れた。
 そして、またひとつ手榴弾を放ると、敵のうろたえる足音に耳を傾け、慣れた様子で死体から弾倉を抜き取り、弾丸の口径を比べた。
 流用できる。
 運がいい。
 激しい一撃は効果があったようで、軍隊はもう包囲しようとはせず、ただ 火力で圧制しようとしていて、槐詩は中央分離帯の壁から顔を出すこともできなかった。
 敵に手榴弾を投げてくる隙を与えぬよう、槐詩はただめくらめっぽうに撃って反撃するしかなかった。
 それから緊張してポケットを探った。
 どこにいったか……
 上着の内ポケットに仕舞った筈なのに。
 地面に置いた旅行鞄のことを思い出し、槐詩はパンと後頭部を叩いた。まずった。
 雨はますます激しくなった。
 レインコートがなくなってから、雨は絶え間なく襟や靴の中に入り込んできて、たまらなかった。
 槐詩が躊躇していると、装甲車のクラクションが聞こえた。
「生きてるか、小僧?」
 かすれた声が尋ねた。
 槐詩は笑った。
「どう思う?」
「まだ生きているようだな」
 呼びかけ人は怒らず、率直に話した。
「君はすごい。こんなに素晴らしいパフォーマンスは初めて見た。何歳だ?十六?十七?成人しているのか?実を言うと、子供は殺したくはないんだ。聞いてくれ、坊や。こちらにはまだ九人いる。フル装備だ。君に勝ち目はない。大人しくそこから出てこないか?」
「ひとつ質問がある」
 槐詩は突然声を発した。
「言ってごらん」
 呼びかけ人は笑顔になった。対話は有効だ。もちろん何を話したとしても、主導権を握るのは自分たちだ。運がよければ、血を流さずにあの小僧を捕まえられるだろう。
「あんたたちどこから来たんだ?」
 槐詩は中央分離帯の壁に背を預け、頭を低くして撃鉄を起こし、大声で尋ねた。
「ローマ?アメリカ?それともロシア?」
 呼びかけ人の答えも待たず、槐詩は独り言のように言った。
「その軟弱な口調から、きっとアメリカ人だろ?恥を知るって知ってるか?恥だ!」
 それから、槐詩は紅手袋べにてぶくろの記憶で知ったラテン語の罵り文句を言った。
 挑発の効果はあった。
 アメリカ共同体の前身は、ローマが分裂する前の移民と当地のアステカ人、そしてインディアンがともに打ち立てた自由の城郭だった。
 ローマとロシアが西方の覇権を争っていた頃、反乱分子が機に乗じて蜂起したが、ローマからの激しい報復に見舞われた。
 戦争末期、アメリカはローマに酷くやられ、ロシアの東戦線の圧力に頼るしかない虫の息だったが、戦争が終わるまで生きながらえた。
 アメリカ人の戦闘能力は笑い話にされ、ローマ人に二百年間笑われてきた。
 もし今日ローマでどこでも適当なバーに入ったら、またぞろ古典となったアメリカの古い物語を聴くことができるだろう。古典的笑い話は廃れず、絶えず更新され、ローマ人の大きな楽しみとなっている。
 いまアメリカ共同体が輩出した自由戦士に対して使っても、効果抜群だった。
 車窓の中は、静かになった。
「ロック・オンできたか?」
 狙撃手の答えを聞くと、顔を青黒くした指揮官は最後に槐詩に向かって別れを述べた。
「残念だ、小僧。お前が選んだのは死の路だ」
 槐詩は笑い、顔の雨水を拭うと、銃を持ち上げた。
「知ってるか?俺は数日前に自己最高記録を出した。精鋭小隊を全滅させるのに、2分18秒だ」
 槐詩は遠くで鳴る長い雷の轟き声がやむのを待ってから、呟いた。
「また記録を更新する」
 瞬間、電光が空から落ちてきて少年の顔を照らした。
 狙撃手は槐詩が笑うのを見た。
 自分に向かって中指を突き立てているのも。
 つづいて、何かが空から降ってきて、彼の傍に落ちた。楕円形の鉄の製品は水たまりの中で跳ねてからゴロゴロと転がった。
 狙撃手はハッと顔を上げ、一羽の黒い鳥が飛んでいく軌跡を見た。
「F@CK!」
 彼は目を閉じた。
 ドン!
 炎が昇り立ち、指揮官の驚きに見開かれた目を照らした。
 花火の大音量の中、壁の奥にいた槐詩は、既にイヤホンの激しいリズムに合わせて、電光石火で飛び出していた!
 ヘヴィ・メタルの叫びに合わせて、吹きすさぶ風の中、少年はかすれた声で低く唸った。
「――アイ・アム・アイアンマン!」

訳者コメント:
前の章の訳註に書いたように、槐詩が聴いている曲が「アイアンマン」です。紅手袋のお兄さん、死んでからもちょこちょこ名前が出てきますね。作者のお気に入りのキャラなのでしょうか……

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