『天啓予報』第28章 ギャグ調ラスボス戦
第二十八章 ギャグ調ラスボス戦
鉄の天井に吊り下げられた電球は暗い光を放ち、テーブルの上の坩堝と散乱する金属片を照らしている。
閉ざされた空間の中、ドアの外の雷と暴雨の音の他には、濁った呼吸音だけが響いている。
紅手袋は上半身裸で、歯を噛み締め、傷跡がたくさん残っている体に包帯を巻きつけている。
無数の刀を押し込まれたように、細かい切り口がピンク色の唇のように開いており、赤い唾液を流している。
「FU@K!あの東夏の中学生め……」
紅手袋は低い声で罵ると、スプレー缶を手に取り、傷口に向けて吹き付けた。緑色の霧が体にかかりシュウシュウという音がした。
紅手袋の押し殺した苦痛の咆哮の中、淡緑色の霧は生きているかのように一筋ずつ彼の傷口に入り込んだ。蛇の巣穴のように半身がうごめきだした。
紅手袋は床に座り込み、苦痛に痙攣し、こらえきれずうめき声を漏らした。
何かが紅手袋の体内で戦い、間もなく淤血と内臓の切れ端が傷口から流れ出てきた。
むりやり肺腑の中から絞り出させた毒である。
彼の聖痕である『タクシム』は自分の体を一時的にアンデッド化するものだが、それでも毒を以て毒を制すこの方法はかなりの苦痛を紅手袋に強いるものであった。
たった数秒で、滝のような汗に混じって腐った血が傷口から流れ出した。
九死に一生を得た経験は、紅手袋を昇華者として次の第四段階に進ませ、聖痕『ナイトゴーント』が彼に植え付けられた。
アラームが鳴って、やっと気力が戻ってきた紅手袋は起き上がり、沸騰している坩堝を鉗子でつまみ、中の銀色の液体を鉄のコップに注いだ。
沸騰した金属溶液など、もちろん美味しいものではない。
いまは半ゾンビ化しているとはいえ、紅手袋はコップを手にしてしばらく躊躇っていた。だが間に合わせの銀血薬剤は液体状態の時にしか効力を発しない。
紅手袋は意を決して、一気に飲み干した。
灼熱の激痛に、彼は口腔と食道が炭化したかと思った。
銀血薬剤とは、実のところ第一段階に満たない微細な聖痕であり――液体 金属を容器とした一時的な奇跡である。傷ついた体と聖痕を短時間で補修することができる、万能接着剤のようなものである。
常温で液体状態を保つ技術はそれぞれの錬金工房の漏らすべからざる機密であり、この危急の際、紅手袋は負担の大きい方法を使うしかなかった。
すぐに、血肉がぐちゃぐちゃになった半身が繋がり合い、傷口から微かな鉄の光が発せられた。
激しい痛みは残った気力を消耗し、紅手袋の意識は次第に混濁し、殆ど気絶しそうになった。
紅手袋は震える手でポケットを探り包みを取り出すと、中に入っている薫香を取り出し、手を挙げて自分の源質で火を点けた。
香の煙が鼻孔に吸い込まれていった。
蒼白な顔に次第に赤みが差し、失われていた精力が香の刺激により回復してきたが、正常な状態にはまだほど遠かった。
金属で肉体を補修し、薫香で霊魂を維持するのは、辺境の昇華者の日常である。
紅手袋は手を伸ばし、ずっと震えていたスマホを手に取って通話ボタンを押した。
「俺だ。まだ新海にいる」
『状況は?』
電話の声が尋ねた。
「怪我をした。まだ出血している。幸いあんたにもらった『スペードの4』のおかげで逮捕は免れたよ」
紅手袋は空いている方の手で苦労して上着を着た。
「いま新海は天文会の地雷だらけだ。予備の隠れ家も発見された……」
『とにかく注意しろ。早く現境から戻って来い』
電話の向こうの男は最後に念を押した。
『新海の楔はまだ取り除かれていないが、大局に変わりはない――お前の任務は完了した。我々は間もなく魔都への路を開くだろう……臨機応変に自衛しろ』
紅手袋は静かに電話を切り、逃亡時に持って行けない物を処分し始めた。すぐに片付けは終わった。
十一時十五分。
生ける屍たちの街を離れる時が来た……
ドン!
外で何かがぶつかる音がした。
紅手袋は驚き、監視カメラのモニターを見た。
――誰か来た。
紅手袋は手を広げて金魚鉢を召喚し、中を覗き込んだ。
門の外、赤いスポーツカーが積み上げたられたコンテナに突っ込み、黒煙を上げていた。
事故か?
※
※
※
「ゴホッ、ゴホゴホ……」
煙の中、槐詩はよろよろと車から這い出した。冷たい雨がグラグラする頭をはっきりさせた。
槐詩は呆然と周囲を見回した。埠頭のコンテナ集積所からは、遠く暗い空の下の鉄のようにひんやりとした海面が見えた。
「着いた?」
「うん、着いた」
烏鴉が命からがらという様子で車から出てきた。
「どうして駐車場に停めなかったの?いくら勇敢にって言ったって、ぶつけなくてもいいじゃない?!」
「お前のせいじゃないか!」
槐詩は睨みつけた。
「駐車場代がないんだよ!とにかく停まったんだからいいじゃないか」
「車なんかほっとけばいいのよ。柳東黎が退院したら自分で払うわよ!」
槐詩は唖然とした。良心のなさに関してこのクソ烏は人並み以上だ――腹の黒さに関しては尊敬に値する。
槐詩は雨に濡れながら、きょろきょろと見回した。どこもかしこもコンテナの山で、色とりどりのコンテナが碁盤の目のような道を作って並んでいた。
自分がどこにいるのかさっぱりわからなかった。
このどこかに潜んでいる紅手袋を探し出さねばならない。
ラスボスを倒すと言って出かけたのに。
敵は?
烏鴉はしばらく唸ってから、くだらないアイディアを出した。
「呼んでみたら?」
槐詩はハッとして、すかさず頷くと、両手を口にあてて大声で叫んだ。
「おーい!誰かいませんかー?開けてください、温かい食事を持ってきました……紅手袋さんどこに隠れてるんですかー?」
答えはない。
暗がりの中、紅手袋は金魚鉢の中を冷ややかに見ていた。
「なんだ?漫才をしに来たのか?」
瞬間、金魚鉢の中の水が微かに波立った。
まるで望遠鏡の倍率を変えるように視野が広がり、紅手袋は伏兵がいないことを確認した。そしてまた何かが現れた。
水面に現れたのは精緻な十字の印……
照準器の十字の印がゆっくりと移動し、槐詩のフードに照準が合った。
高いクレーンの鉄柱の上、狙撃手が防塵布を被って腹ばいになっている。虚ろな目の中には一匹の金魚がゆったりと泳いでいる。
彼は重い銃をじっと支え、息を殺していた。
数百メートルの驟雨を隔てて、照準器は無防備な人影をロックオンしている。
引き金にかけた指にゆっくりと力が籠められた。
その瞬間、照準器からの景色が一変し、巨大な赤い目が現れた。金魚鉢に映った影を通して、じっと紅手袋の顔を凝視している。
紅手袋の手が震えて金魚鉢をひっくり返しそうになった。
なんだ?!
「何してるの、坊や」
銃の上に舞い降りて照準器を反対側から覗き込んみながら烏鴉は言った。
「雨の時にそんなに高い場所にいるのは、危ないんじゃないの?」
「なっ……!」
烏鴉は脚の爪で持っていた物を男の手の中に放り込んだ。
「いいものあげる」
紅手袋に操られている男は無意識に手に持ったものを見た。それは一本の細長い……鉄線?
その瞬間、微かな光芒が鉄線の上を走った。
轟音の中、男は何も見えなくなった。
ドン!
落に撃たれたように、紅手袋はよろめいて一歩後ずさると、分裂した源質が感電して焦げる痛みに咄嗟に額を押さえた。
奇妙なカラスは、東夏の名声赫赫たる戴冠者・白帝子を思い起こさせ、紅手袋を動揺させた。いつも鳩を連れていたあの少女……
紅手袋はゾッとした。稷下のきちがいどもは、どれだけ怪物を作り出したのか?
だとすれば、これ以上逃げ隠れしても無駄だ。
死を賭して生機を掴むしかない。
紅手袋の表情は険しくなり、握る拳に力が入った。
彼はゆっくりとドアを押し開き、隠れていたコンテナを出た。
暴雨に濡れ、立ち並ぶコンテナの間を歩き、十字路の前で立ち止まった。
少年が呼ぶ声がやんだ。
「本当に出てきた」
槐詩は驚いた。
「お前一人で来たのか?」
紅手袋は周囲を見回したが、他に人間がいる気配はなかった。表情はますます冷たくなった。
「東夏の人間はどんどんダメになっていくのか?」
「ああ、そんな。きっと誤解だ」
槐詩はきまり悪そうに手を振り、困ったように言った。
「初対面じゃないが、自己紹介しよう。だけど俺は堅苦しいのは苦手だから、そうだな、俺のことはこう呼んでくれ……」
言うと、槐詩は深く被っていたフードをまくり、顔に着けているピンクの豚のお面を曝した。
「――『淮海路のピギー』と」
「……」
紅手袋は呆気に取られた。
なんの冗談だ?
Are you kidding me?
淮?海?路?の?ピギー???
どんな人間でもこのお面を見れば驚くのは仕方がない。
紅手袋が呆然とした瞬間、この瞬間のために準備していた槐詩は腰から柳東黎の銃を抜き素早く紅手袋の顔に向かって引き金を引いた。
――バン!
訳者コメント:
烏鴉の腹黒さは……確かに尊敬に値しますね(;^_^A