「D3β(デイスリーベーター)?」
・「D3β(デイスリーベーター)?」
アッセンガイガーから30キロほど離れた森跡。炭になった木々達の間を巡回しながらレイラは尋ねた。
「ああ、お前達が戦ったって言うディオガルギンディオの使いはそういう名前なんだ」
義手の剣人はその具合を確かめるようにグーパーしながらレイラの隣を歩く。
「実験体の性能を測るために時折奴らが送り込んでくるんだ。俺もこの200年間で何度か戦ったことがある。とは言え、お前みたいに一ヶ月の間に何度もって事はなかった。つまりそれだけお前は奴らから注目されているって事だな」
「……剣人さんはこの200年何をしていたんですか?」
訊いたのはアルデバランだ。
「ああ。まずブランチってのが何なのか調べたんだ。ライラから、奴は未完成な生命体であり、その自分自身を完成させるために数千年にもわたって地球の文明を弄びその絶望をエネルギーにしていた事は聞いたが、じゃあ完全体になったあいつは何になるんだって思ってな。パルフェちゃんから借りパクならぬ返されパクしてたガイアス使ってこの地球の歴史を数十年使って調べていたんだ。ブランチが地球に来たって言う数千年前ならば何か分かるかも知れないってな。
そしたらブランチの正体どころかとんでもない情報まで知ったわけだ」
「とんでもない情報?」
「ああ。全宇宙の調停者ディオガルギンディオの事と、いくつもの階層に分たれたあらゆる世界の事だ。どっちが先に生まれたのかは知らないが、世界ってのは数多くある。俺が司界者にならないまま普通の人間として過ごして死んだ世界や、200年前にブランチを完全に倒していた世界、本来交わるはずのない奴と交わって一緒になって奴を倒す世界。そういうのもあるかもしれない。そしてそのほぼ全ての世界にディオガルギンディオはいるんだ。だが、ディオガルギンディオは全世界共通で1体しか存在しない。そりゃ新たに作ることは出来るかもしれないが、復活はありえないんだ」
「じゃあ今回死んだブランチ……ヒディエンスマタライヤンとストラヴィンガルドクィンケッサはもうどの世界にも存在しないってことですか?」
「恐らくな。だが、それでもまだこの世界にいてこの地球を狙っているディオガルギンディオはいるだろうな」
「僕の偽物を作ったラァルシムタンカヤイとか沙鴎神楽さんが会ったって言うギルドバンハグタリアとかか」
「ディオガルギンディオが一体どれだけいるのかは分からない。それにブランチやラァルシムタンカヤイのように直接害を及ぼしてくる奴だけとも限らない。だが、この地球が奴らの実験場になっているのは事実だ」
「……」
「まあ、ブランチは倒せたからとりあえず当面の心配はないがな」
「レイラくん。そろそろ聞いてもいいんじゃないかな?」
「ん? 何かあったのか?」
「はい。実は一か月前に初めてアルデバラン……来夢ちゃんと会ってから生霊みたいなものと一体化出来るようになってしまって、今はもういないんですけど3人程この右腕の中にいて望めば僕が彼らの力をそっくり使えるようになってたんです。D3βとはずっとそれで戦っていました」
「……なるほど。確かについ最近天死の力を制御したばかりで一体どうやってD3βと戦っていたのか気になってはいたがそんな裏ワザを使っていたのか。……きっとそれはゲートが開いた影響だな」
「ゲート?」
「ああ。何が起きているのか分からないがここ最近世界線が緩くなっているんだ。ディオガルギンディオかそれとも他の誰かが何度も別の世界に行っているからその影響で既に肉体を失った人間の魂だけが偶然彷徨い込んだ可能性がある。今、お前の右腕は世界の常識を覆すような凄まじい状態になっているわけだしな」
「この右腕、そんなにおかしいんですか?」
「来夢は冥(メフィスト)のカードを使うのは恐らく初めてだったんじゃないのか?」
「あ、うん。剣人さんに渡されてから、どんな効果かは聞いていたけど使うのは……」
「本当なら自分を素材に他人を復活させるなんて事は出来ないはずなんだ。……俺はあまり空間支配系には詳しくはないがな。それに、仮に出来たとしても今のように来夢の意識があるなんて事はまずありえない」
「……メフィストが暴走しているとか?」
「カードにバグはほとんどありえないさ。特に自然発生した純粋なナイトメアカードや空間支配系カードはな。それに、そうだったとしても有り得ない事がある」
そうして剣人は懐から1枚のカードを出した。
「え!? それって冥(メフィスト)のカード!?」
「そうだ。俺が宇宙山象にやってきた時に落ちていたのを拾った。お前と契約済みのままだったのにお前の姿がないのは妙だと思ってな。どういう理屈か、空間支配系は自分を使用するに値する人間と契約をしてからはその人間が死ぬまでの間決して契約が途切れることはない。まあ、キリエやマリアマリナの姉妹とかって例外はあるが。だが、このカードはまだ契約済みだった。この一ヶ月で他人を選ぶようなこともしない」
「それって……」
「まだ来夢は人間として生きている。ひどく中途半端に、しかしものすごい型破りをしながらな」
・そこはかつて街があった場所。しかし今そこに転がっているのは廃墟ではない。二人の少女だった。
そして、2つの足で立ちながら己の武勇をぶつけ合う者達もまたいた。
「はあ……はあ……」
「どうしたの心美くん。街1つ消し飛ばしたくらいでもうへこたれてるのかな?」
「消し飛ばしたのは……そっちだ……!」
心美は迫り来る無数の火炎弾と、的確にこちらを狙ってくる銃の狙撃を何とか回避しながら反撃の機会を探る。
走り回っていて既に両足は限界だ。さっき街を消し飛ばした月詠の攻撃を防いだために魔力も限界に近い。
しかし、何故か頭は冷静であると心が告げていた。
「……この気持ちは……何だ……?」
立ち止まり、砂埃を巻き上げながら振り返る。見れば既に5発もの火炎弾が迫っていた。
「弾(ゴム)・行使(サブマリン)」
発動して、火炎弾に飛び込んだ。
「!?」
月詠が驚く中、心美は火炎弾にはじかれながら宙を舞った。それは被弾ではない。ゴムの効果で攻撃に対して弾力を作ることで威力が浸透する前に自分から弾かれたのだ。そしてそれを繰り返しながら全ての火炎弾を回避して着地。
「月詠!」
「くっ!!」
心美が鞭を振るい、月詠が引き金を引いた。決着は一瞬だった。
「……っ!」
月詠が膝を折った。見れば左肩の服が消し飛んでいて、その柔肌に胸にかけて鋭く鈍い赤い線が入っていた。
対して心美には銃弾は当たっていなかった。ギリギリで、そして運良く鞭の柄で銃弾を横に逸らしていたのだ。
「……ふう、もう弾は残っていないみたいだね。もう、女の子の柔肌に傷を入れてどうしようっていうのかな?」
「僕のものにする。全部」
「……もう、相変わらず強欲だな君は」
「……月詠」
「うん?」
「僕と、これからずっと一緒にいてくれ」
「……もう、その言葉を何年待ったことか」
月詠が見上げると、心美が目の前にいて彼女を思い切り抱きしめた。