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議論に勝つな、学べ! ─ SNS議論の三大目的 ─ 議論から学ぶ内部モデルの更新
はじめに
SNSや公開の場での議論・対話・ディベートは、多くの人にとって日常的なコミュニケーションの一部になっています。しかし、その目的や期待値を明確にせずに議論に臨むと、無益な対立や感情的な衝突に終始してしまうことが少なくありません。本稿では、私が公開空間での議論において意識している主目的を三つに分類し、それぞれの意義と戦略について述べます。
1. 自身の内部モデルを更新する
議論の最も価値ある成果は、自身の内部モデル(認知枠組み・世界観)の更新です。
政治・経済・思想等の高尚な話題であれ、趣味嗜好的な卑近な話題であれ、他者の内部モデル傾向と自身の内部モデルとの差異を俯瞰的に見て、その差分を認識するための他者との対話と考えています。
内部モデルとは何か?
内部モデルとは、脳が外部世界をシミュレーションする認知メカニズムのことです(Friston, 2010)。予測符号化理論(Predictive Coding)によれば、人間の脳は世界の仕組みを内的に予測し、経験と比較しながら修正を加えることで学習を進めます(Clark, 2013)。議論はこの学習プロセスを加速させるツールの一つです。
議論の目的は“勝つ”ことではない
一般に、議論は「相手に勝つ」ことを目的とされがちですが、実際には「自分が学ぶ」ことが最も価値のある結果です。他者との対話を通じて、自分の認識のズレを知り、必要であれば修正することができれば、それは議論の“敗北”ではなく成功といえます。
2. 外部聴衆の内部モデルを更新する
議論が公開の場で行われる場合、発言者同士の直接的な影響だけでなく、第三者である聴衆に影響を与える可能性があります。
議論の質と聴衆の学習
議論のレベルが噛み合わない場合、論点ずらしや感情的な応酬に終始し、当事者同士の内部モデルが更新されることは期待できません。しかし、その議論を冷静に見ている聴衆には、新たな視点を提供できる可能性があります。科学的態度(客観性・論理性)を持った発信を心がけることで、議論を直接交わさない人々の認識を変えることができます。
歴史的事例:公開討論の影響
例えば、1960年のアメリカ大統領選におけるケネディとニクソンのテレビ討論は、ラジオで聞いた人々とテレビで見た人々の評価が大きく異なったといわれています(McLuhan, 1964)。これは、公開の議論が聴衆に与える影響の大きさを示しています。
3. 対話者の内部モデルを更新する
対話者の内部モデルを変えることは、最も難しい目的です。
匿名性と認知的不協和
SNSのような匿名性の高い場では、自分の誤りを認めることが難しくなります。Festinger(1957)の認知的不協和理論によれば、人は自分の信念と矛盾する情報に直面すると、それを否定する傾向があります。このため、議論の中で相手が誤りを認め、意見を修正することは極めて稀です。
期待値のコントロール
対話者が自発的に認識を変えることを期待するのではなく、情報提供の姿勢を持ちつつ、対話を進める方が建設的です。特にSNSでは、相手の心理的抵抗を考慮し、直接的な対立を避けながら議論を進めることが重要になります。
まとめ
公開空間における議論には三つの主要な目的があります。
自身の内部モデルを更新する:議論を通じて自分の認識を修正し、学ぶ。
外部聴衆の内部モデルを更新する:議論の質を保ち、第三者に影響を与える。
対話者の内部モデルを更新する:直接的な変化は期待せず、情報提供を意識する。
SNSなどの匿名性の高い場では、論理的で客観的な議論は難しく、感情的な対立に終わることが多いです。しかし、適切な目的意識を持つことで、議論をより生産的なものにすることは可能であると思います。
参考文献
Clark, A. (2013). "Whatever Next? Predictive Brains, Situated Agents, and the Future of Cognitive Science." Behavioral and Brain Sciences.
Festinger, L. (1957). A Theory of Cognitive Dissonance. Stanford University Press.
Friston, K. (2010). "The Free-Energy Principle: A Unified Brain Theory?" Nature Reviews Neuroscience.
McLuhan, M. (1964). Understanding Media: The Extensions of Man. McGraw-Hill.
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