第120回MMS放送 『Makersから肉体、そしてマインドフルネスへ「野生の感覚」がもたらす創造性へのインパクトとは』 NHK出版翻訳書編集長 松島倫明さん(2016/1/8対談)
●『MAKERS』があったから
enmono 第120回マイクロモノづくりストリーミング本日も始まりました。司会は株式会社enmono三木でございます。本日はNHK出版の松島さんにお越しいただきまして色々お話を伺います。
松島 はい、よろしくお願いいたします。
enmono 松島さんには非常にお世話になっております。というのは『MAKERS』という本がありまして、こちらの本が出たことで私たちの仕事が非常にやりやすくなったということで今に至ります。この本がなかったら本当にウチの会社潰れてました。
松島 いえいえいえ……。
enmono これは本当のことなので。
enmono 2009年創業で、その頃からマイクロモノづくりって言ってたんですけど、それってMAKERSのことだったということで。
松島 早いですね~。僕はこれを2012年に刊行したんですけど、その当時ですらこういうメイカームーブメントについての本を出して、日本で果たして読者がいるんだろうかと……マイクロモノづくり的な文脈をみんなにわかってもらえるのかなと不安だったんですけど、結果的にはすごく時代とマッチして。enmonoさんからは3年遅れなんですけども、ちょうど2012年くらいからやっとメイカームーブメントというものが日本でも出てきたなと思っています。
enmono この本と『FREE』という本は繋がっていると――。
松島 アメリカの、テクノロジー/カルチャー誌「WIRED」の編集長だったクリス・アンダーソンの『FREE』という本を2009年に出して、それの次作として今度はメイカームーブメントを書くよということを2010年くらいに著者から聞いていたんですね。その企画書を見せられて。
enmono 毛色が違うようにも見えますね。
松島 そうなんですよね。一瞬、これクリスのただの趣味なんじゃないかと思うくらい(笑)。当時「これが日本では、どのくらい響くのかな……」と思ってたんですけども、2012年になったぐらいでスタートアップ系の人たちもハードウェアだと言いだしたりだとか、伊藤穰一さんがそういうことをTHE NEW CONTEXT CONFERENCE 2012 TOKYOドカンとぶち上げたりとか、本当にあの当時、大きな流れがドッとやってきたのを、このMAKERSという言葉で捉えられたというのがあるのかなと思っています。
enmono クリス・アンダーソンさん、松島さん、本当にありがとうございます。おかげさまで当社はなんとか生き残ることができました。
松島 いえいえ、とんでもないです。
●マッチングをする役割の必要性
enmono 英語はどこで身に付けられたんですか?
松島 ちゃんと本格的にやったことはなくて、海外に住んだこともまったくないんです。プライベートな話なんですけど妻がイギリス人なんですね。出会って10年くらい経つんですけど、そこから劇的にうまくなりましたね。うまくというか、話せるようになりました。
enmono 10年前から英語を学んでいるとしても、ネイティブじゃない人が翻訳刊行を決めというのは結構ハードルが高いですよね。その上でこういうヒット作を出されているのはすごいなと思います。
松島 ありがとうございます。自分の中でテーマのセレクトに一貫性を持たせるというのは大事だと思っています。なんでもかんでもやろうとすると書籍の編集者って一冊ごとにゼロから勉強しなきゃいけないんですけど、そうではなくて流れを作るっていうんですかね。『FREE』やって『SHARE』やって、その後『MAKERS』とか、そこら辺全部、同じテーマの発展系だと僕の中では思っていて、例えばシェアリングエコノミーとMAKERSってすごく近いと思ってるんです。同じテーマで発展させていくことで、語学力のハンデをカバーするという。
enmono 前は別の出版社にいらっしゃったんですか?
松島 いや、同じところです。村上龍さんのJapanMailMediaをやっていた編集部から翻訳書の方へ移って、最初は、英語の原稿読むのも時間かかるし、帰国子女の同僚にやらせれば多分1/5の時間で終わるのに僕なんかにやらせて人件費の無駄じゃないのかなと思いながらやっていたんですけど。
enmono その抜擢された方もすごいですね。
松島 ええ、もう感謝しています。今でも。
enmono 『MAKERS』の場合はモノづくりする人向けってイメージだったんですか?
松島 逆にそこら辺は今日伺いたいなと思ってたんですけど、狭い意味でのモノづくりの人たちだけじゃなくて、(この本の内容は)エコシステムを作ろうという話だと僕は理解したんですね。パーソナル・ファブリケーションの流れで自分一人の趣味でガレージで作っちゃいますという人だっている。
松島 そうやってパーソナル・コンピュータの革命とパラレルに語れるくらい個人個人が自分の作りたいっていう欲求とか、モノに触れる自分の才能なり個性なり能力っていうものを誰もが発揮できるという意味でパーソナル・コンピュータと同じ新しいムーブメントだっていうのが一つです。それってもう完全に一人一人の個人向けだと思ってたんですね。
松島 パソコンがあれば色んなことができるのと同じように、たとえばブログに書けば世界中の人にパブリッシュできるってすごく画期的なことで、それと同じくらい、メイカームーブメントは画期的なものだという意味ではすごく間口が広いと思ってました。
enmono ガチな製造業からすると、ちょっと引いちゃって見ているところもなきにしもあらずで。パソコンが出てきた頃にメインフレームの人たちが引いてたのと同じようなイメージはあるのかなって。
松島 2012年の時点で色んな業界の人とお話ししてわかったのが、やっぱりマッチングの問題なんですね。特に日本だったら町工場に技術はある。一方でアイデアを持っている人とかデザインできる人とか、そこら辺のマッチングはいったい誰がするのと。僕はそれをいつも「スティーブ問題」と言っていたんですけど。
enmono スティーブ問題?
松島 手を動かせるウォズニアックと、発想ができるジョブズ、この二人をいかに繋げるか(※二人とも名前がスティーブ)。そこがものすごく大きな問題だなというのがよくわかって。その時にzenmonoさんが出てきたのを、僕はすごくそういう意味で注目していて。
enmono 言ってくだされば……。
松島 そうなんです。サムライインキュベートさんのモノフェスとかに僕も2回ほど登壇させていただいて、その時に三木さんが講演されていて、声をかけたいなと思いつつ、なんとなくシャイで……。
enmono 僕らも『MAKERS』の方だと見てたんですけど、こちらもシャイなので(笑)。
松島 僕は専門家ではないのですが、そういうムーブメントみたいなものを微力ながら育てていきたいというのがあって、その時に一番重要なのはzenmono さんみたいな部分だなというのがすごくわかりましたし、同じ方向性だなぁと思ってるんですよね。
●身体から心へ
enmono 『MAKERS』等の翻訳書で社会にインパクトを与えることを主題とされていた中で、最近少し肉体系というか、肉体寄りにご自身の関心が変わってきたというのは何かあるんですかね。
松島 実はこの『BORN TO RUN』という本があって、世界で300万部くらい売れているベストセラーなんです。『FREE』っていう本もヒットしたんですが、これを出したのとほとんど時を同じくして『BORN TO RUN』も刊行しているんです。
enmono あ、同じなんですね。
松島 そうなんです。2010年の2月とかに出しているので。これはすごくフィジカル系の話ではあるんですけども、カウンターカルチャーという意味で言うとすごく繋がってるんです。要するに個人の可能性とか一人ひとりのやりたいことをいかに可能にするか――誰もができるように民主化するか。そういう意味では個々の身体感覚に根ざしたテクノロジーによる拡張という方向性はカウンターカルチャー的で、最後に目指していくものって根っこのところには身体性っていうのがあるんじゃないかなという思いがありました。
enmono この本の翻訳作業はいつされたんですか?
松島 2010年に出たので……アメリカ本国(原著)が2009年なんですよ。
enmono (翻訳作業自体も)『FREE』と同時期なんですね。では、その頃から走り始めて?
松島 そうなんです。これを読んでトレイルランとか山を走ったりとかを始め……。
enmono そして山を走りたいがために……。
松島 鎌倉に最終的には移住するという。で、三木さんに出会って、「あ、『MAKERS』の時にお見かけした人だ」と、そこら辺すべて円環になってるんですけども。
enmono そして山を駆け巡る宍戸さんと出会ったと。(お手伝いのカメラマンとして同席の)山伏(笑)の宍戸さんです。
松島 そこら辺の身体性みたいなものは一昨年の12月に『GO WILD』という本を出しまして。「野生の身体を取り戻せ」というサブタイトルなんですけど。
enmono これは続編なんですね。
松島 野生シリーズなんです。ここで初めて「マインドフルネス」という言葉をサブタイトルに入れたんです。
enmono あ、ほんとだ。ここに「マインドフルネス」入ってます。
松島 トレイルランとマインドフルネスを同列で扱うっていう。そこら辺で自分の中でさらに深まっていったのは、結局『BORN TO RUN』も走る話なんですけど、人類の根源的欲求として「走る」というものがあって、「一緒に走る」って人類愛みたいなもので、トライブ――同じ族なんです。
enmono 東京マラソンとかも族なんですね。
松島 そうなんです。でも山走った方が余計にトライブ感が出てくるっていうんですかね。そこら辺の共感っていうものは野生に組み込まれている。
enmono なんか獲物を追うために山を走るみたいな。
松島 そうなんです、そうなんです! 獲物を追うっていう行為がいかに人間の脳を発展させたかということも本の中に書いてあるんですけども。
enmono 共通体験とか助け合いとか。
松島 その時にはニオイとか風の向きとか足跡とか、じゃあ自分たちはどういうフォーメーションでいくかとかを、顔の表情とかアイコンタクトとか色んなものでコミュニケーションしてるんですよね。そこって相当脳に影響があったはずで、それだからこそトレイルランとかで一緒に走るとなんかみんな友達になっちゃうんですよ。この垣根の低さは何だろうと僕はずっと思ってたんですけど、そこら辺は全部繋がっているなというのがあって、
松島 『FREE』と『SHARE』を出した後にもう一冊『PUBLIC』というのがあったんです。『SHARE』でシェアリングエコノミーというのをやった時に英米でこういうものが流行っていて、日本に根付くには何が足りないんだろう、と思ったんです。
松島 たとえばライドシェアってあるじゃないですか。「自分が東京から長野へ行きます。後ろの席二つ空いてるから誰か一緒に行きませんか」みたいな。あんまりそれって日本人はやらないじゃないですか。やったらすごく画期的だなって思うのに、あんまりやらないのはなんでだろうなって思った時に、公共性とかパブリックな感覚といいますか、プライベートでもない、だからといって会社とか仕事の空間でもない、まさに人と人とが結びつくサードプレイスと言ってもいいと思うんですけど。
enmono ここ(co-ba)なんかもそうですよね。コ・ワーキングスペースは公共とプライベートの中間という。
松島 そういうものが日本には足りないなと思ったんです。2010年の時点で。
enmono 実は『MAKERS』も共感が重要なんですよね? 共感性とか共時性とか、繋がっていく感じが。そう考えると(これらの本は)全部繋がっているんですね。
松島 そうなんです。クラウドファンディングが日本に根付かない限りはここら辺(『MAKERS』や『SHARE』の内容)の先はないなと思ってたんですけど、三木さんが仰っていた「お金だけじゃないんだ」というのが、まさにそうだなと。多分クリスもクラウドファンディングって「お金」と「マーケティング」と「宣伝」という三つの機能が――みたいにパッパッとやっちゃうんですけど、それ以上の人の思いみたいなところはすごく重要だなと、割とこっちのラインをやっていて気づかされることがあって。
松島 で、それが繋がって出てきたのが、『MINDFUL WORK』なんですよ。
enmono 人間の身体から、心へ行くということですね。
松島 シリコンバレーの企業がなぜ今こっちのマインドフルネスに行っているのかをしっかりと捉えようというものです。
enmono 段々わかってきた。この『SHARE』と『FREE』があって、その次に『MAKERS』が来て、その横で『BORN TO RUN』が出て、そして『GO WILD』に行き、やっぱり繋がることが重要だねと。そうなって初めて『MINDFUL WORK』が出てくる。
松島 すごく必然なんですよね。
enmono 一緒にやっていこうっていうことですよね。その時に心が重要だと。
松島 はい。ある意味導かれるようにここまで来ています。先ほども言ったようにほかのジャンルには行かず、一つの線でどんどんやっていくと、割と面白いところ面白いところに行けるし、重要なところに入っていける。
●効果的な利他主義が幸福をもたらす
enmono 『MINDFUL WORK』についてもうちょっと伺ってもいいですか?
松島 はい。
enmono これは出版されたのは世界と日本同時ですよね。
松島 そうですね去年の5月6月でほとんど一緒です。
enmono この中ではマインドフルネスというものが企業の経営に与える影響について書かれていて。
松島 瞑想っていうとすごく個人的なことだし、あるいは宗教的なことだと捉えられていたことが、今は「いかに良く生きるか、いかに良く働くか、いかに良い社会を作るか」ということとビジネスをすることが密接に繋がっていることを皆さんわかってきている。その中で60年代70年代から瞑想をやってきた人たちがいて、割とこの中でも企業のトップの人たちがそういうことを実践してきて、必ずしもそれをディスクローズしなかったけれども、その経験に根ざして、それが自分個人としてもいいし、社員に対してもいいし、組織にとってもいいということをわかった上でどんどん導入し始めているという話が豊富な事例として掲載されています。
enmono 編集する段階で実際に著者の方とお会いになったんですか?
松島 この方とはお会いしていないです。そういう意味では僕らもちょっと手探りでやっていたところがあったんですけど。
enmono でも実際に体験してみるということで座禅とかもされて。
松島 赤坂にマインドフルネスセンターというのがあるんです。心理療法とくっついているところで最初そこへ行ってみて「ああ、こういう感じなんだ」と。最初は座禅とマインドフルネスの違いすらよくわからなくて、色々とやってみて自分なりに(消化しようとしてしました)。
松島 三木さんは毎日やってるんですか?
enmono 一応、瞑想を活用した自社製品開発の「プロ」なので、自分の直感を高めるため毎朝5時から1時間やっています。
松島 すごい。
enmono マインドフルネスというのは大きな……まぁビジネスにすると言うと色んな人から怒られちゃうんですが、でも多分、先進国の抱えている共通の課題は色んなモノとかサービスが満ちあふれてくると、最終的には心に行き着いてしまう。その時に、その心というものを進化させるビジネスが究極のビジネスになると思っているんです。
松島 まさに。今、『物欲なき世界』みたいな本が出ていたり、これも最近出した本なんですけど『限界費用ゼロ社会』というのは『FREE』とか『SHARE』の延長にあるんですけど、テクノロジーによってモノとか流通自体がゼロになった時に社会がどう運営されていくのか、一つはコモンズなんですよね。公共圏。お金が介在するんじゃなくて、人と人との想いとか共感とかそういうものが社会関係資本となって介在して成立する部分というのが社会の中でより増えて来るんじゃないかと。
松島 「効果的な利他主義」というのが今欧米でムーブメントになっていて、去年の7月にシリコンバレーのGoogleキャンパスで「効果的な利他主義サミット」というのが開かれて、僕もそこへ行ったんです。イーロン・マスクとかも来ていてあそこら辺に住んでいるエンジニアの人とかGoogleなんかもサポートしてやってるんですけど、要するに彼らが何を目指しているかというと最後は利他主義なんですよね。
松島 モノによる幸福がなくなった時に人が何で幸福を感じるのかといった時に、何かを与えることの幸福感って多分一番最上位にあるんじゃないかと思うんですよ。
enmono 自己実現の先、ですね。
松島 そうです。マズローの欲求五段階というのがあって、最初は衣食住といった限られたものがあって、その後で人から認められる欲求、その後に自己実現、自分のやりたいことをやるんだというのがあるんですけど。多分もっと先に――これはマズローが言っているんじゃないですけど――人に何かをしてあげる、人を助けてあげた時って、助けられた人も幸せかもしれないんですけど、実はその時に感じる自分の幸福度具合がものすごいんです。これからの一番贅沢な幸福ってそこなんじゃないかなと思うんです。
松島 ある程度世の中はそれで回り始めてるし、多分シリコンバレーを駆動させるものってもうそこに来てるんだと思うんですよ。
enmono 宗教で救われる人も多いけれど。どちらかと言うともっとシステマティックに利他的にしましょうというアプローチなんですね。
松島 宗教とか情緒とかではなくて、理性とか数字とかで一番多くの人数を救えるアプローチを常に模索する。なので、テッキーで理系頭のシリコンバレーの住人たちとすごく相性がいいんです。彼らはそういう考え方で常にやるので。
●日本人の幸福の未来
enmono 最後に質問です。皆様にいつもお伺いしているのがですね、日本の○○の未来について。別にもう日本じゃなくてもいいと思うんですけど、例えば地球の利他主義の未来みたいなもので何かあれば。
松島 お題をいただいていて、日本人の幸福の未来とかにしようと思ってたんですけど、割と今話してしまったんで(笑)。カマコンもそうですし、zenmonoさんもそうですし、僕なんかが翻訳書をやってもそうなんですけど、日本ではすごく進んでいる部分とまだまだ全然そんなもの見えてない部分のグラデーションがあるので、偏在する未来をどう広げていくかが課題だなと思っています。
松島 「野生に戻れ」もそうだし、マインドフルネスや利他主義がいいということもわかっている――僕らはいいと思っていて、これがもっとみんなに広まっていけばみんなもっと幸せになってくるんじゃないかなという確信がある。それを広げていきたいですよね。
enmono ありがとうございました。
松島 ありがとうございました。
対談動画
▼松島倫明さん
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