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AWAKE

プロ棋士(人間)と将棋ソフトウェア(コンピューター)による対局を映画化。2012年から2015年にかけて毎年開催された「将棋電王戦」のうち、最終年の「将棋電王戦FINAL」からインスパイア。

少年のころから将棋会館で切磋琢磨してきたライバル、英一と陸。“奨励会”から“ニコニコ生放送”に舞台を移して、久々に対局する。片や飛ぶ鳥を落とす勢いの若手プロ棋士、片やプロ棋士の夢をあきらめ、将棋ソフトウェアの開発に目覚めた新進気鋭のプログラマー。人間とコンピューターによる“異種格闘技”の結果は果たして‥‥‥

終盤の対局よりも、英一が大一番の勝負で陸に敗れ、将棋を諦めるまでが本作の見どころのような気がする。子役の二人が素晴らしく、神童としての高潔さと、子どもならではの冷酷な振る舞いを見事に表現。容赦ない奨励会の実像は、傑作漫画「3月のライオン」で多少なりとも耐性があったとはいえ、本当に厳しい世界だと改めて痛感させられた。

勝負を生業にする者にとって、引退を決意した試合ほど劇的なものはないだろう。1986年9月、優勝争いをしていた読売ジャイアンツと広島カープ。9回裏、江川卓は渾身のストレートを小早川毅彦にライトスタンドに運ばれ、サヨナラ負けを喫する。この一発がきっかけでシーズン終了後、怪物と称された江川卓は引退した。
 
数々の記録を塗り替えた大横綱、千代の富士。1991年の夏場所初日、当時18歳の大関・貴花田に寄り切られ、引退を決意。会見で「体力の限界」と発したことは、今でも鮮明に憶えている。 
 
英一にとって、昇段をかけた一戦での敗北は、有名アスリートとくらべられるものではないにせよ、自分を信じてやってきた道との決別を意味する上では、同等だろう。子どもの頃から没頭してきた、かけがえのないものを自ら封印する“将棋残酷物語”ここに極まれり。

英一はその後、大学でプログラミングに魅了され、将棋ソフト「AWAKE」開発に熱中する。最後まで“将棋”にこだわる姿勢がどこか切ない。陸との才能の差を埋めるが如く「AWAKE」の演算能力は高められていく。かつての自分と「AWAKE」を重ね合わせているかのようだ。 

若手有望株が揃う出演者たちの中にあって、英一を支える先輩プログラマー、磯野のキャラクターが秀逸。理系丸出し、上から目線の物言いは、絶対友達にはなりたくないと思わせるものだが、傍から見ている分には面白い。英一の良き理解者として、奔走している姿に好感を持ってしまった。演じるのは、落合モトキ。飄々とした佇まいが、重くなりがちなテーマを和らげてくれる。クソ真面目な男しか出てこない話なので、稀有で貴重な役どころだ。
 
実際の「将棋電王戦」をリアルタイムで観てはいないが、会場の緊張感はスクリーンを通じて十分伝わってきた。駒の動かし方と並べ方くらいしか、将棋に関しての知識がない素人でも、失敗と挫折からの再生物語という意味で楽しめた。それにしても、何時間も盤上の駒を見続けて熟考するなんて、自分ならすぐに“ゲシュタルト崩壊”を起こしてしまいそうだ。
 
棋士の頭の中にあるCPUは、凡人のそれとはスペックが桁外れにちがうのだろう。


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