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騙し絵の牙
サブカル好きには堪らない2012年公開の名作『桐島、部活やめるってよ』の吉田大八監督がメガホンを取っているというだけで、期待値爆上がり。斜陽産業と言われて久しい出版業界の内幕を、“稀代の人たらし編集者” ・速水(大泉洋)を通じて赤裸にさらけ出す。
本作の舞台は、出版大手・薫風社。創業家一族の社長が急逝したことにより、次期社長の座を巡るお家争いが本格化する。塩田武士が執筆した原作『騙し絵の牙』の版元はKADOKAWA。出版大手の跡目争いといえば、角川春樹・歴彦兄弟による角川書店のお家騒動が、記憶に新しい。『騙し絵の牙』が角川書店の暗黒史に影響を受けたのかどうかは、知る由もないところ。だが、春樹に副社長(当時)の座を追われた歴彦が退社する際に、相当数の従業員が行動をともにした事実など、骨肉の争いにはドラマが付きもの。ひょっとしたら、参考程度にはしているのかも。
『騙し絵の牙』は、大企業の人事に関するパワーゲームだけではない。他にも様々なエピソードが微妙に絡み合って構成され、一級のエンタメ作品として昇華されている。とにかく、問題をひとつずつ捌いていく速水の姿が、小気味よくて頼もしいのだ。
薫風社が主宰する文学賞にまつわるエピソードでは、選考過程の内情が実に興味深く描かれている。新人編集者・高野が、新しい才能を発見した時の興奮した様子は、原稿を繰るスピードと目の動きだけで、松岡茉優が見事に表現。作家発掘とその後の展開は、『9人の翻訳家 囚われたベストセラー』(2020・フランス=ベルギー)のようなサスペンス・テイストが加味され、巧妙に張られた伏線が後々じわじわと効いてくる。
速水が編集長を務めるのは、カルチャー誌「トリニティ」。テコ入れのための企画会議も妙にリアルで面白い。速水が新連載の目玉として白羽の矢を立てたのは、若者からカリスマ的な人気を得ているモデル・城島咲(池田エライザ)。この城島咲、エライザ以上にエライザしている。もう、笑ってしまうほどに。その城島咲のくだりは、1997年公開のアニメ映画『パーフェクトブルー』(監督・今敏/原作・竹内義和)的なサイコスリラーに発展。池田エライザの闇堕ち演技は、必見としか言いようがない。
次から次に繰り出される挿話がやがて奔流となってゆく。速水が仕掛けた時限装置が発火するたびに、傾きかけた薫風社の再建は着々と進んでいるかのように見えるのだが、果たして。
サスペンスやサイコスリラーだけにとどまらず、コメディの要素も散りばめられているので、デザートまでしっかり堪能できてしまう。業界に絶大な影響力を持つ文豪・二階堂大作役の國村隼が、悪ノリしているとしか思えない筒井康隆ちっくな佇まいで登場。いい意味で本作の箸休めになってくれている。この至れり尽くせりな対応に、エンタメのフルコースを心ゆくまで満喫した気分だ。
物語のクライマックスは、観客のビジネスアイディアを試されているようで、もうお腹いっぱい。下手なビジネス書や自己啓発本では到底太刀打ちできない。
『騙し絵の牙』は結局のところ、経済再生をも見据えた贅沢な娯楽映画だった。吉田大八・塩田武士の両名によって、その品質は保証されている。