溶けてく時間と
浮き足立っているこの季節が嫌いだ、と君は言う。私も春は嫌だと思った。何度経験しても、出会いと別れには慣れない。かと言って誰も悪くないし、仕方ないよね、と思えるくらいには私も大人になったと思う。
センチメンタルに拍車をかけるのは、温かな陽射しと生ぬるい空気がやけに心地良すぎるせい。漠然とした不安と寂しさと相反して、この季節は美しすぎる。どうにもできない歯痒さを感じながら、風に舞う桜吹雪がやけに綺麗だと思った、今日の昼下がり。
淡いピンクが胸を締め付けるのだ。やっぱり離れ離れは寂しいよ。君と過ごした時間をひとつも忘れてしまいたくないのに、時が経てば日常に溶けて、君のいない日々に慣れてしまうことが悲しい。だけれども、忘却がいずれ僕たちを救うことは明白で、だからこそ、淡い日々のグラデーションの狭間にいる今がきっと、一番苦しい。
あっけない終わりに無力さを感じる季節は、本当に大事なものだけ集めて握りしめて逃げたい衝動に駆られるけれど、じゃあ一体、本当に大事なものってなんなんだよ、と考え出してしまってキリが無くなる。
もしも身の周りを構成する世界が、自分の好きな人やモノばかりであったとして。きっと私は、好き、という感情のありがたみや尊さに気付けなくなってしまうのだろう。だから、君を好きでいれることが当たり前でなくてよかったと思う。
逃げることが悪いことじゃない。できることならば、辛い思いなんて少しも味わいたくない。だけれども、困難や試練があってはじめて、存在の価値や大切さに気付いたりするものだから、人は悲しいかな、嫌なことを全て投げ出してもまともに生きていけないんだろう。
楽しいことを共有するだけなら、きっと誰とでもできる。君が辛いとき、私も苦しいよ。君には幸せでいてほしいよ。いつもそう思ってる。その想いの裏側に、気付く季節がいつも春なのだ。
石けんの匂いが混じった、心地良い気温に溶けていく時間と、鳴り止まない幸せの耳鳴り。
水色、黄色、ピンク。パステルカラーの夢を見ている。