ひとりひとりの源氏物語
私にとっての源氏物語。
それは高校1年生のとき。現国の担任だったМ先生です。
М先生は新卒の男性教師で、銀縁メガネとブルー系のスーツ、カクカクした文字を書く、カタブツを絵に描いたような先生でした。
入学して初めてのテストで、私はクラスで1番になりました。答案用紙を返しながら先生は、『1番や、よく頑張った』と言いました。聞き取れないほどの小さな声で、私と視線を合わせることもなく、ただぼそっと。
16歳の私は、驚くやらドキドキするやら。
大学で源氏物語が専門だった先生が、課外クラブのカリキュラムに「源氏購読クラブ」を開設しました。同じくМ先生ファンの友達と2人、キャッキャと登録して大して興味もない源氏物語を読むことになりました。
М先生の講義は、高校1年の終わりになっても、一帖の桐壺と次の帚木の途中ぐらいまでしか進みませんでした。週に一度の課外クラブで、高校生相手に内容を深堀りしすぎたのかもしれません。もちろん、進度の遅れなど私にはノープロブレム、2年生でもまた源氏購読クラブでМ先生に会う、と心に決めていたのです。
ところが。
新学期、М先生は学校にいませんでした。わずか1年で高校教師を辞め、大学に戻ってしまったのです。
もう一度、源氏物語を研究するために。
なんとまあ、あっけない幕切れ。
源氏購読クラブは、K先生に引き継がれました。K先生はベテランの女の先生。別に入らなくても良かったんやけれど、また続けることにしました。多少なりとも源氏物語に惹かれたのか成り行きでなんとなくだったのか、当時の私の心情は、もう覚えていません。
新生なった源氏購読クラブは、サクサクあっさり、淡々と読み進められました。覚えているのはK先生のややシニカルな口調と乾いた笑顔。
やれやれ、新任教師がめんどくさい置き土産を置いていってくれたもんだわ、みたいな?
なんのこっちゃない、私の源氏物語は、物語の内容よりもМ先生とK先生の思い出、なのでした。
そういえば、知人の男性にこんな話を聞きました。
「僕にとっての源氏物語は、亡くなった母」
お母様は源氏物語が大好きで、地元で源氏物語に関する講演を頼まれるほどの人だったそうです。
「母が亡くなってからそれを知ってね。
自分の母親のこと、なんにも知らんのやな、男ってもんは。」
なるほどな。
ひとりひとりにとっての源氏物語がある。
誰かを、何かを思い出すよすがになる。
大河ドラマ人気で、みんなの心の中の源氏物語が揺り起こされているのかもしれません。
その男性に、私のМ先生とK先生の話をするのは止めました。
だって、ねー、あはは。
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