【人に学ぶ】ありえない世界を描くには、設定がリアルであるほど面白い!
イラストレーター・いとう良一さんに聞く〈前編〉
さまざまな商業イラストで実績を積むかたわら、ファンタジーをリアルなタッチで描く「ファンタジー・ナンセンス」で独自の世界観を構築するイラストレーター、いとう良一さん。その創作の秘密や、企業広報担当者がイラストを活用するときのポイントなどを聞きました。
【プロフィール】
いとう・りょういち
リアリティーを追求するために、徹底的に文献を調査
——新作の『白昼夢〜Daydream〜』(いしだえほん)は、いとうさんのイラストのエッセンスが詰まった素敵な絵本ですね。どのようにして作られたのでしょうか。
いとう:
発端は、表紙にもなっている「空を飛ぶペンギン」の絵です。あるときふと「ペンギンに空を飛ばせてみたら面白いんじゃないか」と思いついて、いわゆる「ファンタジー・ナンセンス」の絵を描き始めました。1996年頃の話です。
それから毎年の個展に、何かしら動物が飛んでいる絵を出すようになったんです。周りからも「今年は何を飛ばすの?」と期待されて、恐竜まで飛ばしたり(笑)。そうして描き溜めた作品に、短いストーリーのような文章をつけて絵本にしました。
——絵本といっても、読者ターゲットは大人ですよね。
いとう:
そうですね。大人が読んでニヤッとするような、ちょっとシュールなものを作りたかったので、多分そんなに売れないだろうけど、自分らしい作品ができたと思っています。
——「ファンタジー・ナンセンス」というのは、どういう世界観ですか?
いとう:
現実にはありえないのに、ものすごくリアルでシュールなイメージですかね。ペンギンが空を飛ぶ絵でも、マンガっぽく描くのは違うなと思い、ペンギンの生態から歴史まで徹底的に研究してリアルさを追求しました。3〜4カ月かけて専門書を読み漁って、ペンギンがどう泳ぐかを理解してから、あたかも海を泳いでいるように空を飛ぶペンギンを描いたのです。
せっかく調べたので、ペンギンについての特設サイト「ペンギンの達人」を作りました。それを見た出版社から「本にしませんか」と声がかかり、『やっぱりペンギンは飛んでいる!!』(技術評論社)の出版にもつながりました。
——「土木遺産」をテーマにしたイラスト展に出品されていた、円筒分水(田畑への水を公平に分けるための農業土木施設)の周りで平安貴族が野遊びをしている作品も好きです。
いとう:
7〜8年前、「源氏物語」に興味を持って、現代語訳を何種類か読破しました。読んでみるとやっぱりすごい小説だなと思い、絵にしたくなった。どうせ描くなら、平安時代の人が見てもおかしくないものにしたいと、「国宝源氏物語絵巻」などを徹底的に調べて描いたのが始まりです。それからは、平安貴族たちにはあちこちに登場してもらっています。
——何でも初めて描くときは、納得するまで調べるタイプなのですね。
いとう:
そうですね。設定がリアルであるほど、フィクションとのギャップが生じますから。僕はSFが大好きなんですが、SFも話自体は非現実でも、背景や設定は現実的であるほど面白いでしょ? 僕の中にも同じ考えがあって、現実の世界の中に非現実が溶け込んでいるのがいいと思っています。
——アイデアを具現化するときのインスピレーションってありますか?
いとう:
よく聞かれますが、僕自身の作品は「こんなの誰でも考えているだろう」っていうのが多いんですよ。例えば、葛西選手のジャンプをヒントに、富士山からジャンパーを飛ばせたり、きれいな満月だけじゃ物足りないので、そこに猫を飛びつかせてみたり。ありそうだけど、意外と誰も描いていない。
(作品を示して)これもマンションの窓から漏れる灯りがきれいだったので描きたいなと思って、せっかくなので屋上におじさんを腰掛けさせてみて、なんなら釣りでもさせちゃおうかな、と連想していっただけで、そんなに深くは考えてないんです(笑)。
——いとうさんの作品には、“余白”があるように思います。受け手は想像して楽しめるから、心地よさを感じるのではないでしょうか。
いとう:
ありがとうございます。確かに、風景画を描く場合、主人公がいないというか、あまり主張しないことを意識しています。アニメで言えば背景画のような感じですね。
プロならば、「納期厳守」は当たり前のはず
——企業の広告や広報制作物の仕事もたくさんなさっていますね。発注から納品までの流れを教えてください。
いとう:
新規の仕事で一番多いのは、玄光社の「イラストレーションファイル」というサイトを見て依頼されるパターンです。他は、クリエイターEXPO(クリエイターが出展する商談のための展示会)で名刺交換をした相手から連絡をいただくこともあります。
今回こういう案件があって、こういうイラストがいつまでに何点必要で、こんな条件で——と説明を受けて。話がまとまれば、資料をもらったり自分でも探したりしてラフデッサンを描き、クライアントのOKが出れば本番を描く、っていう流れです。
——いとうさんは仕事がすごくスピーディーで、クライアントの信頼を得ています。
いとう:
「納期に間に合わなかったらどうしよう」と思うと怖いから、どんどん描いてしまうんです。あまりに早くできすぎて、ちょっと寝かせておいたこともあります(笑)。
——一方で、イラストレーターの中には、納期を守れない人もいるとか。
いとう:
編集者さんからは、そういう話をよく聞きます。僕が商談会でアピールするときに「納期厳守」と書いたら感心されましたからね。納期を守らないならまだしも、消える人もいるとか(笑)。そういう人は社会人経験がないままに、バイト感覚でイラストレーターになったのかな、と思います。もしくは、仕事を受けたものの、経験が浅くて描けないのか。いずれにしてもどれだけ迷惑がかかるか分かっていないのでしょうか。
企業広報制作物はコンセプトと「条件」を明確に!
——企業の広報担当者もイラストを発注する機会があります。「イラストレーターにとって仕事がしやすい発注の仕方」を教えてください。
いとう:
まずは依頼時に、「どのくらいのサイズで」「何を描くか」を明確にしてもらえると助かります。それから、「どういう用途なのか」「ターゲットは誰か」も。何を訴求したくて、その対象が男性か女性か、年代はどのくらいかが分かっていれば、こちらもそれに応じて描くことができますから。
社内報などに載せるイラストの場合は、例えばその会社のユニフォームや社屋など特徴的なものが写っている写真などの資料をもらえるとありがたいです。その会社独自のものって、ネットでは見つかりにくい場合があるので。
もう一つ、大事なのが条件、つまり「料金」です(笑)。
——原稿料を提示されずに依頼されても、その仕事を受けるか受けないかの判断ができませんよね。
いとう:
相場が分からないのかもしれませんが、予算を伝えるくらいはしてほしいですね。皆そうだと思いますが、金額だけではなく、メリット・デメリットを勘案してやるやらないを決めていますから、原稿料が安くても次につながると思って引き受けることもありますし。
——納品したイラストが、デザインの過程でトリミングされたり、予想外に拡大・縮小したりすることはどう感じますか?
いとう:
それは「好きにしてください」とあらかじめ伝えています。だって、美術作品を納めているわけじゃないですから。商業的な意図があるイラストというのは単体で成立するものではなく、表紙ならタイトルが載ったり、ポスターやパンフレットならコピーが載ったりするでしょ? デザイナーがその意図をよりよく表現しようとしているなら、反転しようがトリミングしようが自由にしてもらっていい、と思っています。イラストレーター仲間の中には、怒る人もいますけどね(笑)。
もっとも、僕も3センチ角で掲載すると聞いていた挿画が、出来上がりを見たら10センチ角ぐらいの大きさで使われていたことがあります。そこまで拡大するとどうしてもタッチが粗く見えてしまって、案の定、ネットの書評欄にも「イラストが粗い」って書かれていましたね。
——掲載される媒体がwebか紙媒体かによって違いはありますか?
いとう:
僕の場合、手描きでアナログなので、どうしてもwebのサイズ感がつかみにくい面があります。紙だったら、このくらいの掲載サイズっていうのが分かるので、「じゃあ原画はこのくらいの大きさで描けばいい」と分かるのですが、webの場合、発注のときに「大画面で見るかもしれないけど、A4サイズで十分」と言われたりするので、難しいんです。
それと、webは「絵の向き」も捉えにくい。書籍や雑誌は、ページをめくる方向が決まっているし、見開きのどの位置に掲載されるかで、絵がどっちを向いていればいいか分かるけれど、webは方向性が分かりにくいのです。
発注する人はその辺を分かっているはずなので、なるべく具体的に伝えてもらえるとありがたいですね。
——似顔絵イラストなどを描く場合、肖像権などにはどう対応していますか?
いとう:
ガリレオ・ガリレイや松下幸之助といった偉人や有名人のイラストを依頼されることがありますが、注意が必要ですね。東京スカイツリーなどの有名建築物も、商標登録がなされている場合があるので、権利を侵害しないように気をつけなければいけません。写真を参考にしてイラストを描くときは、「権利面をクリアした資料をください」と言うのですが、編集者も著作権などに詳しくないケースがあるので、自分で勉強し、よく確認して使うようにしています。
——硬い記事を読ませるためにイラストに頼るのは、どうでしょう。「イラストさえ使えば、親しみやすくなるだろう」という考えは、安易すぎるようにも思うのですが。
いとう:
入口はそれでも、全然いいと思います。そこから「じゃあ、どうしましょうか」と相談していけばいいことですし。むしろ、一緒に作っていけて、ありがたいです。
——企業は異動がありますから、新任の担当者が広報制作物のディレクションに慣れていないこともあるでしょう。そこは上司がフォローするなどして、きちんとしたコンセプトに基づいてイラストを発注することが大切ですね。
(つづく)
次回は、「AIの登場によってイラストレーターの仕事はどう変わるのか」、そんな中で「いとうさんはどんな創作をしていきたいか」を伺います。
聞き手:古川由美とチームざわざわ 構成:三上美絵
この記事について
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