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【人に学ぶ】商業イラストと自分の作品の二刀流を貫いて

イラストレーター・いとう良一さんに聞く〈後編〉

「ファンタジー・ナンセンス」で独自の世界観を構築するイラストレーター、いとう良一さん。〈前編〉では、これまでの作品や表現や、企業広報担当者がイラストを発注するときのポイントなどを伺いました。〈後編〉は「プロのイラストレーターとは」「AIの登場によってイラストレーターの仕事はどう変わるか」「いとうさん自身が今後どんな創作活動をしていきたいか」などをざわざわメンバーが聞きました。

【プロフィール】
いとう・りょういち

下北沢イラスト制作所のサイトはこちら



それぞれのプロがコラボする商業イラストの世界

——デザイナーの中には、イラストも描ける人が少なくありません。デザイナーの描くイラストとプロのイラストレーターが描くイラストには、違いがありますか?

いとう:
デザイナーさんは絵の上手い人が多いですよね。 アマチュアも絵の上手い人が多いし、上手さだけならプロより遥かに上手い人はよく見かけます。 画力では敵わないアマチュアは山ほどいます。 手間も時間も納得いくまでかけられますし。 商業イラストはやはり「予算」と「時間」に制限がありますからね。手を抜くという事じゃなくて。 でも「イラスト」はどこが違うかというと絵に「ポイント」があるかないかでしょうね。何を目的として何を見せたいか。制限なく自由に描く絵では無いので、それがわかっている絵の上手いデザイナーなら商業イラストは描けるでしょうし、一概には言えませんね。最近はデザイナーからイラストレーターに転身する人も増えているようです。

——それはなぜでしょう。

いとう:
デザインソフトがいろいろ登場して、素人でも手軽にデザインができるようになったことが関係しているかもしれません。もう一つ、これは個人の感想ですけど、発注側の眼力が低下しているようにも思います。「この程度(のデザイン)でいいんじゃないの」となれば、安い方が選ばれるから、腕のいいデザイナーが価格競争で負けることもあるでしょう。編集者はよくても、決定権のあるクライアントが商業デザインや商業イラストを分かっていないせいで現場が混乱した経験は、僕もあります。

——制作チームのコラボレーションによっていい仕事ができたことは?

いとう:
もちろん、あります。例えば、『やっぱりペンギンは飛んでいる!!』(技術評論社)では、当初、表紙には写真を使う予定でした。ところが営業サイドから、「著者がイラストレーターなら、表紙もイラストにしてはどうか」と提案されたんです。しかも僕としては普通のペンギンを描きたかったのに、「売れる本にするには、目を引くイラストでないとダメだ」と言われて。それで、ペンギンが人工の翼をつけて飛ぼうとしているイラストを描いたんです。でも、営業のプロだからこそのアドバイスだし、そういう戦略を持った視点って大事だな、とそのときに気づきました。

出版社の営業部の意見によって、面白く、目立つモチーフとして描いたペンギンのイラスト

AI時代、イラストレーターはどう生き残る?!

——イラストなどクリエイティブな仕事にもAIが活用される時代になってきました。今後、イラストレーターという職業はどうなっていくと思いますか?

いとう:
難しい質問ですね。未来が明るいかと言われれば、僕にはそうは思えません。一番厳しいのはやはり、原稿料が下がっていることです。ここ数年、見積金額に対する価格交渉の挙げ句、「その値段ではイラストレーターが職業として成り立ちません」と言って断ったことが何度かあります。

——そうした状況に、何か対策を講じていますか?

いとう:
10年くらい前から、イラストレーターの団体を作っています。個人のウェブサイトでアピールしてもなかなか見つけてもらえませんから、皆いろいろな団体に登録していて、そうした団体経由で仕事が来ることが多いんです。イラストレーターはフリーランスの人が多く、横のつながりがあまりないので、気心の知れた仲間とグループを立ち上げ、会費なし、招待制で会員を増やしてきました。今、70人くらい会員がいて、年齢層も20代から80代と幅広いです。

——あえて招待制にしているのですね。

いとう:
ええ。それは、きちんと仕事をしている人のつながりにしたいからです。先ほども言ったように(前編)、クライアントの求める用途に合った絵を、納期までに予算の範囲で誂えられることが大切だと思っているので。SNSの非公開グループで、お互いに見積金額の相談をしたりすることもあります。一人の原稿料が下がると、全体の相場が下がることにもなりかねませんから。

——AIについてはどうでしょうか。脅威を感じたりしますか?

いとう:
一部の国ではAIのイラストが広がっていて、イラストレーターが失職するケースが増えているというウワサも聞きます。特にゲームなどデジタルの世界でAIがよく使われているようです。印刷媒体のようなリアルの世界では、まだ商品になるようなものはAIでは厳しいと思いますが、職業としてイラストレーターを続けていくときに、この先どういう形態なら可能かは僕にも分かりません。
ただ、壁画に始まって文字や書物…と、人類の文化として一度発生したメディアで消滅したものはない、と言います。印刷媒体にしてもテレビやラジオにしても、デジタル社会の今でもなくなりそうでなくならない。だから、イラストレーターの仕事もなくなることはないのかな、と思っています。

——いとうさん自身は、イラスト制作にAIを活用していますか?

いとう:
まだ使っていませんが、例えば人物のポーズをAIに作らせて参考にするといった使い方はできそうだな、と思っています。

ありふれた日常の中にある非日常を追い続けたい

——これまでの作品の中で、一番気に入っているのはどれですか?

いとう:
Inspired by "My life in the Bush of Ghosts"」という作品です。「ブッシュ・オブ・ゴースツ」というタイトルで翻訳されているエイモス・チュツオーラという作家の小説に触発されて描いたものです。兵士に襲われてアフリカの村を出た少年が、ゴーストだらけのジャングルに迷い込むという物語で、ブライアン・イーノとトーキング・ヘッズのデヴィッド・バーンが共同でこれに関する音楽を作ったりしています。僕もこの作品を描いている間、久しぶりに楽しかったですね。

アフリカ文学「ブッシュ・オブ・ゴースツ」に触発されて描いた「Inspired by "My life in the Bush of Ghosts"」《ペン+透明水彩》(50cm×70cm)

——いとうさんの叙情的というか、ノスタルジックな作風はどこから生まれたのでしょうか。原風景はありますか?

いとう:
ごく普通の日常ですね。例えば、道を歩いていて電柱を見る。「ああ、電柱もがんばっているな」と思って、電柱1本を主人公にして絵を描いたこともあります。日常の当たり前の情景が好きっていうか、面白いと思うんですよね。

——今後どんな作品を描いていきたいですか?

いとう:
やはり、ファンタジー・ナンセンスというか、「おちゃらけ系」をやりたい。(作品を示して)この「下北沢南口商店街の庚申堂」という作品は、地元の下北沢の町並みですが、人々に混じってペンギンたちが歩いている。自分が好きで描いたけれど、こういう発注は絶対ないと思っていました。ところが、ある雑誌から「下北沢の風景を描いてほしい」というオファーがあり、この作品を見せたら「面白いから、その路線でお願いします」と言われて嬉しかったですね。ほかに、日本神話の神様のイラストなど古代史関係や、数学・物理・サイエンス系にも興味があります。

——最近はイラストのフリー素材などが手軽に使えるようになっていますが、皆がそれで満足しているわけではないですよね。今日お話を伺って、いとうさんのようなプロと組めば、もっと高みを目指せると思いました。ありがとうございました。

前編に引き続き、いとうさんのお話をお届けいたしました。現場の話やAIとの今後の関わり方、作品に対する想い、などなど・・・クリエイターとして、そして人としてのいとうさんの魅力が少しでも読者の皆さんにお届けできたでしょうか。

最後に、いとうさんへのインタビューを終えて、ざわざわメンバーの感想も次の記事にまとめました。

“ざわざわ”のnoteでは、今後も魅力的な【人に学ぶ】シリーズを準備しておりますので、引き続きご愛読いただけますように!

聞き手:古川由美とチームざわざわ 構成:三上美絵


この記事について

“ざわざわ”は、ツールの使い方や社内コミュニケーションの最適解を教え合う場ではありません。道具が多少足りなくても、できることはないか?姿勢や考え方のようなものを「実務」と「経営」の両面から語り合い、共有する場です。

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