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髀蹴ったろ

むかしむかし、吉備国に大変に仲のよい老夫婦がおりました。

老夫婦は若い時から子供を授かりたかったのですが、とうとう夫婦が子供に恵まれることはありませんでした。

ある日いつものように朝の散歩がてら氏神様に参拝をしていると軒下から微かに泣く赤子の姿がありました。

周囲を確認しても誰も人はおりません。
赤子の頬をそっと触ると、もうだいぶ冷たくなっております。
「かわいそうに…このままだとこの赤子はきっと…」

お爺さん、お婆さんは、じっと赤子を見つめ、そして家に連れて帰ることにしました。

だいぶに衰弱していたものの、お爺さん、お婆さんの懸命な介護もあり赤子は元気に回復していきました。

大きな村ではありません。
お爺さん、お婆さんが子供を拾ってきたという話はたちまち村じゅうに知れることになりました。

お爺さん、お婆さんは赤子を人に尋ねられる度に
「この子の本当の親を知りませんか。私は本当の親のもとにこの子を返してあげたいのです」
と説明していましたが生涯、名乗り出るものはいませんでした。

太郎丸と名付けられた老夫婦の子供は、体は丈夫でないものの大変に聡明な子供でありました。

しかし、その聡明さがゆえに老夫婦を妬む者も少なくありませんでした。

太郎丸は成長するにつれて自分が夫婦が血の繋がった本当の親で無いことは理解していました。
出生のことを人に悪意をもって聴かれれば、
「あの山のむこうのさらにむこう側に、それはそれは、たいそう大きな桃の神木がある。ある日、奇跡が起こりその桃の神木が実をつけた。実はどんどん大きくなり、重さに耐えられずに落ちた。落ちた桃は地をおもしろいように転がっていき、川に入ることになった。川から流れた大きな桃。父と母は協力して持ち帰った。桃には若返りの力があったのであろう。神木からなる実であるからな」
私も老いた時には一度で良いから食べてみたいものだと笑いながら語るのでした。

ある日、恰幅のよい男にいつものように説明をしていると、男はみるみる顔を赤くして太郎丸の腹を大きな拳で殴りました。
太郎丸が激痛に悶絶して倒れると、どこからか男の子分のような卑しいもの達が現れました。
「かかれ!」
大きな男が合図を叫べば
男達は
「桃野郎の髀蹴ったろ!」と次々に叫び、唾や砂を太郎丸にかけながら集団で脚や腹を蹴り続けました。

太郎丸は薄れいく意識の中で、今、蹴られているこの状況、この世界が現実のものでなければ良いのにと強く願いました。

太郎丸が目を覚ますと口は切れ、体じゅうに痺れるように激痛がありました。
衣服はボロボロになり、そんな自分の姿と身の上を考えボロボロと涙を流しながら、やっとの思いで帰宅しました。

お爺さん、お婆さんは帰りが遅い太郎丸を心配していましたが、帰ってきた太郎丸の姿を見て跳び跳ねるようにビックリしてしまいました。
太郎丸は泣きながら、先ほどあったことを報告し、お爺さん、お婆さんも一緒にワンワンと泣きました。

何日か、たちましたある日、村からは大きな火の手が色々な、ところからあがりました。

山賊の襲撃でした。

村にあった貴重な金品は奪われ、女性や子供など多くの人が拐われて、逃げることができなかった多くの人が、山賊の犠牲になりました。

村の離れ、外れの山の奥に住んでいた太郎丸やお爺さん、お婆さんは無事でした。

どのくらいが過ぎたでしょうか。そうっと村の様子を見に行くと村は壊滅的な打撃を受けていました。

このままであれば、村の復興は絶望的な状況です。

なんとか拐われた女性や子供だけでも返してもらえないだろうか。
山賊のもとへ話をしに行く人が必要でした。

男衆のほとんどが先日の襲撃で犠牲になってしまい、生きているものも、とても動ける状態でもなかったので、動ける状態なのは太郎丸しかおりません。

太郎丸は、全く気がのりませんでしたが、お爺さん、お婆さんと、これからもこの村で暮らしていくためにも断るわけには、いかないのでした。

出発の前の晩、お爺さん、お婆さんとまたワンワンと泣きました。
生きて帰ってこれる保証はありません。
死んでしまうよりもツラい目にあうかもしれません。

なんだか、もうこの村には帰って来られない気がして、三人は一緒に泣きながら眠りにつきました。

目が覚めると目の前に大変に美味しそうな団子がありました。

祭りの時にのみ食べることができる特別な団子。
めったに口することが許さない団子。
太郎丸が子供の時から大好きな団子でありました。

「なんの助けになるか、わかるまいが、もう駄目だと絶望しそうになったら、この団子を最後にお食べ…」
婆さんは泣きながら、爺さんは黙って団子を差し出しました。
「良いね、絶対に団子を道中で食べてはいけないよ。もう駄目だ、苦しい。この時に最後に食べるんだよ。」
念をおされて、しっかりと大切に団子の包みを腰に縛りました。

山賊のすみかへの道中。
それはそれは、つらい気持ちでありました。

せめて1人でなければ。
道中に野良犬を見ては、
猿を見ては、高く飛ぶ鳥を見ては。
ああ、どうして私は1人なのだ。
せめて動物でもお供になってくれまいか。
死を覚悟する道中。
1人はあまりに辛すぎる。

全く気乗りがしない太郎丸は何度も逃げ出そうと考えましたが、ここまで育ててくれた爺さん、婆さんを考えて、進まない足を進めるのでした。

どのくらいの時間が経過したのでしょうか。

山賊のすみかに到着しましたが、あっさりと見張り役の山賊に、後ろから強くこん棒で殴られ気絶してしまうのでした。

目を覚ますと、そこは酒宴が行われていました。
太郎丸は、縛られ動くことができません。
「小僧1人で何ができる。ガハハハ。」
笑いながら酒を呑み、肉を食べ、女を抱き、子どもには料理を運ばせています。

「何を持ってきているかと思ったら、団子しか持っていない。お前は何をしに来たのだ」
太郎丸は、答える前に、縛られながらまた蹴られたり、こん棒で殴られたり、
その度に山賊達は大きくガハハハと笑い、そして太郎丸の記憶は、だんだんと薄れていくのでした。

次に目が覚めると、そこには喜ぶ女性や子ども達、そして大変に多くの金銀財宝が山のようにありました。
きっと極楽浄土にやってきたのだ。
このように美しいところか。
しかし、身体中の節々が強く痛み。
口からは砂の味が、そして金銀財宝の向こう側に見えるのは、
泡と血を吐いて倒れている男達。
天国と地獄が一緒になってやって来ました。

どこか遠くから女性の声がします。

「太郎丸。あなたが持ってきた祭りの団子。山賊達がうまいうまいと全員で食べていた後に、突然に苦しみはじめ、あるものは錯乱して崖に落ち、あるものは口から泡を吹き、あるものは口から血を流し全員死んでしまいました。私達は自由。山賊が人々から略奪して溜め込んでいた宝も…」

太郎丸は薄れゆく意識のなかで、夢で無かろうかと。
しかし夢でも良いと思いました。
夢か現実か。
起きていることは全てが夢であり、そして現実なのです。

ズキズキと全身の痛みを感じながら、また太郎丸は目を閉じるのでした。

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石澤大輔
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