青いかもめとサントリーニ島
「将来の夢 かもめ」と大胆にも小学校の文集に書いたことがあった。
心を透明にして天空を自在に飛び回れたら、どんなにか気持ちいいことだろう、と童心には魅力的だったらしい。
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「専門学校には行かないの?」と尋ねると、家庭の事情で行けないんです、と彼女はよどみなく答えた。
東日本大震災の傷跡がまだ残る2013年の夏、石巻の仮設住宅で出会った高校生だ。
カメラが好きなようで、澄み切った青空の写真を見せてくれた。
「本当は進学したいけど…。まずは働いてお金をためてからにしようと思っています」
彼女の心のファインダーには、しぼりを優しく効かせた一筋の未来が広がっていた。
「世界の風景がのっている写真集が全部津波で流されちゃったんです」
彼女は続ける。
「おこづかいで少しずつ買い直してて…。将来は、世界中のキレイな景色を写真に収めたいですね」
無垢な夢を語る彼女に、私は1枚の写真を見せてあげた。
「ここはね、ギリシャのサントリーニ島。すごく感動的でキレイなところでしょ。大人になったらいつかぜひ行ってみてね」
じっと見入る彼女の瞳には、憧れと好奇心を混ぜ合わせたような、それでいて迷いのない"階段状の白い町なみ"が映えていた。
この島には「かもめ」が本当によく似合う。
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鳥は飛び立つとき、風上に向かって飛び始めるという。
人も進むべき道に迷ったとき、向かい風に向かって進んだならば、流体力学の作用によって意外に高く遠くに飛べるのかもしれない。
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大人も子どもも、私たち一羽一羽が自由に飛べる日が、近未来にきっと来るだろう。
仮設の彼女もすでに大人になっている頃だ。
もう二度と会うことはないかもしれないけれど、
ひょっとしたらフォトグラファーとして「青いかもめ」をサントリーニ島で被写体にしているかもしれない。
あるいは、少なくとも、買い直した写真集の写真一つ一つが鮮やかな生命を宿して、彼女の世界観の一部として心の中に再現されていることだろう。